まずは自分自身であれ−堀越英美『スゴ母列伝 いい母は天国に行ける ワルい母はどこへでも行ける』
大和書房のウェブサイトでの連載を毎回すごく楽しみにしていた堀越英美さんの『スゴ母列伝』が書籍化された。
偉業を成し遂げた女性たちの「母」の側面にスポットライトを当てた偉人伝。伝記に親しみが無くても大丈夫!現代の日本社会の子育てトピックと絡めてユーモアたっぷりに綴られているので、すらすら読める。
この本に登場する母たちは、逆立ちしても到底真似できないスゴい人たちばかりだけれど、突き抜けているからこそ勇気がもらえる。
紹介されているのは古今東西のスゴ母が全部で11人。その他にコラムで歴史上のヤバイ母やお茶の間にも有名なスゴ母が取り上げられている。
息子の太郎を柱に縛って仕事をしていたという強烈育児エピソードの主である岡本かの子に始まり、子ども向け伝記のストイックなイメージが強いマリー・キュリーの不器用ながら熱心な育児、クールな婦人運動家の山川菊栄を生み育てた青山千世の才気溢れるエピソードなど、痛快な伝記が立ち並ぶ。
基本的には破天荒だけれど、育児に取り入れられそうなエピソードも登場する。たとえばマリー・キュリーが娘たちの教育で重視したのは、体育と実習。青山千世の読書観、母親の威厳を守った鳩山春子、リリアン・ギルブレイスの家事の見える化など、まさに十人十色の育児があって面白い。
本書がweb連載中だった頃に読んで私が心の支えにしていたのは、リリアン・ギルブレイスのエピソード。ギルブレイス夫妻は生産管理工学のパイオニアで、子どもはなんと12人!というすごい夫婦。彼らが出産と子育てを「避けられない遅れ」と分類したというエピソードが、育児休業中だった私を慰めてくれた。合理化を唱える仕事の鬼のような人たちも、育児をとても大事な仕事と考えていたのだから、私のような凡人が自分のキャリアの多少の空白なんて気にすることないのかもしれないと思った。
私と同じ箇所に感動する人はそういないかもしれないけれど、この本には育児に疲れた心に効くパンチラインがどんどん登場するので、読んでいると元気になること請け合いだ。
自分の頭の中にいつの間にかインストールされている「世間標準のママ像」と自分とのズレを感じて苦しい思いをしているお母さんたち、かくいう私もその一人なのだけれど、この本を読んで、堂々と自分自身でいてほしい。
子育て中の人だけじゃなくて、誰かの娘や息子だという人はぜひ読んでほしい。自分の考えに忠実に生きる彼女らの生き様はとても格好よく、母の枠だけにとらわれていないのだから。
そして、できればこの本、日本だけじゃなくて世界中のお母さんに読んで欲しい。この『スゴ母列伝』の各エピソードにイラストをつけたギフトブックや、この本を原作にしたグラフィックノベルがあったらいいのになあと勝手に妄想している。英語圏では、”Good Night Stories for Rebel Girls 100 Tales of Extraordinary Women"(邦訳『世界を変えた100人の女の子の物語』)が大ヒットしたり、”Little People, Big Dreams”シリーズなどのイラストたっぷりでおしゃれな伝記本が刊行されているので、受け入れられやすい土壌があると思う。
アストリッド・リンドグレーンの章をグラフィックノベルにするなら、ぜひイングリッド・ヴァン・ニイマン(スウェーデン版ピッピの挿絵画家)の画風でよろしくお願いします!欲しい!
シビアで愉快な女子会−ヴァージニア・ウルフ『ある協会』
最近、ヴァージニア・ウルフ作品を各出版社が様々な媒体で新訳を出しているのをみると、セレクトショップが老舗ブランドのアイテムをカジュアルに取り入れるのを提案しているのを見ているようで楽しい。(しかも本は装飾品と違って価格が安定しているのでお財布にも優しい。)
さて、今回ご紹介するのは、「エトセトラブックス」から昨年刊行されたヴァージニア・ウルフの短編、『ある協会』(片山亜紀訳)。
Amazonでは取り扱いがないので、個人書店のオンライン通販で購入。
舞台は若い女性たちが集っているとある部屋の中。そのうちの一人が、男性の書いた本が駄作だと嘆いたのをきっかけに、彼女たちは「質問協会」を結成する。彼女たちは様々な場所へ出かけ、世界の様子を見極めるために男性たちに質問して、その結果を仲間に報告する。さて、彼女たちの未来はどうなる?
…というのが私なりにまとめたあらすじだけれど、ウルフの面白さは話の筋というより文章にあるというのが私の見解なので、上記のあらすじを名乗る文のことは忘れていただきたい。
読んでみると、戯曲のような作品という印象が強い。というかぜひ、劇場で、舞台の上で見てみたい。
男性の活動に「納得できるまでは人っ子一人産むまい」と決心するくだりには、アリストファネスの喜劇「女の平和」のセックスストライキを連想するし、語り手の名前はギリシャ悲劇と関連しているので、もしかしたらウルフも戯曲を意識して書いたのでは…?という気がしている。
短い作品ながら、ユーモラスでヘンテコな冒険譚、苦い現実、女性に対する力強いメッセージなどたくさんの味わいが込められている傑作で、訳注と解説も合わせて二度美味しい作品。
冒頭の彼女たちのように、紅茶を飲みながらどうぞ。
同作者の『自分ひとりの部屋』の感想はこちら↓
日本の書店を懐かしむ
豪の書店が狭いのか、日本の書店が広いのか
オーストラリアの大手書店のとある店舗に立ち寄ったときに「州最大の書店」と掲示してあったのを見かけた。
東京都心部の駅ナカや駅ビルの一店舗として入っている書店と同じような売場面積で「州最大」ってあまりにも狭すぎるのでは、と思ったのだけれど、もしかしたら、日本の書店が広いだけなのかもしれないと思い直した。
私は世界各国の書店のことは知らないし、豪で書店巡りをしているわけでも無ければ、出版事情を調べたわけでも無いので、何かを論じられるわけではないけれど、逆に日本の書店特有の何かがあるのかな、ということが気になり始めた。
ということで、今回の記事は、「日本の書店に特有と思われる売場を削ったら売場面積も結構減るのでは?」という特に意味の無い妄想でお送りします。
なお、この記事で言及している日本の書店とは、全国展開しているような新刊書店のことを指していて、独立系の書店やヴィレッジヴァンガードなどは含みません。
・雑誌
そもそもオーストラリアでは、書店book storeで雑誌を売っていない。雑誌はnews agencyと呼ばれる類のお店で取り扱っている。スーパーやコンビニでも少ないながら販売している。
雑誌の種類自体も、日本は圧倒的だと思う。豪でも英語園の他の国で刊行されている雑誌を売っているけれど、日本ほど種類は多く無いし、売り場に出ている冊数も多くない。漫画雑誌や付録付きムックはもちろん見かけない。分冊百科で有名なデアゴスティーニ社は各国で売っているようだけれど、今のところ見た覚えがない。
アメリカの書店では、雑誌も本も一緒に売っているので、逐次刊行物と書籍を別に売っている国の方が少数派かもしれないけれど、それにしても日本の書店の雑誌売場は結構広いと思う。
・文具
文具も雑誌同様news agencyで扱われている。日本の書店も置いてあったりなかったりだけれど。
・文庫、新書、選書などのレーベル
出版社ごとのレーベルの棚って日本独特な気がする。そしてレーベルの数が豊富。「放送大学のテキスト」の棚なども思えば非常に独特。
・漫画
日本の漫画の翻訳版は、graphic novelというくくりでアメコミなどと一緒に売られているが、あくまで書籍のジャンルの一つであって、日本の書店の漫画売場のような広さは無い。
・学習参考書
塾が出版も手がけている、それも結構な数というのは、日本独自の文化な気がしてならない。
・資格のテキスト
他国にも無いわけではないと思うけれど、日本は資格の種類もテキストも多い気がする。
・英語学習本
豪にも英語を第二言語とする人向けの学習書は売っているのだけれど、断然日本の方がこの手の書籍は多い。
・家計簿
これも日本の書店の年末年始の風物詩のような気がする。キリスト教文化圏においては、クリスマス商戦の時期に家計の引締めにつながるようなものは売りたく無いだろうなぁ…。
と、このあたりの棚をざっくり削ったら、売場面積の広い日本の書店も、だいぶ狭くなるのかな、などと妄想した。ただし、日本の出版点数はかなり多いので、それでもまだ各ジャンルごとの書籍の棚は結構な冊数が残ると思われる。
そして、個人的な印象を書き連ねただけだけれど、日本ローカルっぽいジャンルの出版文化の歴史が気になってきた。「塾の出版文化史」や「学習参考書や資格テキストの書誌学」、「英語学習本のタイトルに見る流行」、「家計簿の歴史」など、誰か研究している人はいるのだろうか…。
物語られてこなかったこと−川上未映子『夏物語』
軽い気持ちで
出産や子育ての体験記は本やネット上に数多あれども、出産を扱ったフィクション、それも長編小説というありそうで見かけない作品が出たと知って読んでみたのが、川上未映子の『夏物語』。
体験記を読むような軽い気持ちで手に取ったら、こちらの気持ちを揺さぶって問うてくる力強い物語だった。
長編へつながるアップデート
『夏物語』は二部からなる。第一部は、2008年に刊行された『乳と卵』で描かれた三日間を描く。大筋は同じだが、第二部への射程を持った新たな話に生まれ変わっている。
豊胸手術を受けると言って大阪から東京にやってきた姉の巻子とその娘の緑子が、妹である語り手の家に二泊する話なのは相変わらずで、緑子の手記が挿入されるスタイルは同じなのだが、大阪弁で語られる前作とは異なり、物語は書き言葉で綴られる。
そして、『乳と卵』では何者かよくわからなかった、ちょっととぼけた感じのする語り手、夏子。彼女は『夏物語』において、血肉の通った、はっきりした一人の人物として現れる。
『乳と卵』は主な登場人物3名だけで展開していたが、姉妹の母や祖母を始め、他の人のエピソードも出てくる。『乳と卵』を読んでいなくても『夏物語』は楽しめるが、比べてみると、長編への布石が見えてくるのでそれもまた面白い。
ちょっと笑ってしまったのが、巻子が乳首の色について言及するシーン。著者のエッセイ『きみは赤ちゃん』に「妊娠すると乳首がアメリカンチェリーの色になるって過去の作品に描いたけれど、実際に妊娠してみたらもっとすごい色になった」という話が出てくる(と記憶しているのだが手元に無いので正確な引用ができない)のだけれど、それが律儀にセリフに反映されている。
様々な声が響く
女性の身体についての問いをはらむ第一部からおよそ十年後、夏子は作家として生計を立てられるようになっていた。しかし、なかなか長編が書けない。姉の巻子、姪の緑子は大阪で元気に暮らしている。
38歳になった夏子は、自分の子どもに会いたいという気持ちを抱えている。しかし、彼女にはパートナーがいない。そして、彼女は性行為を苦痛に思っている。
夏子はある日、テレビのニュース番組をきっかけに精子バンクの存在を知り、精子提供(AID)で子どもを産むことを考え始める。そして、AIDで産まれた男性、逢沢潤と知り合う。逢沢は当事者としてAIDを考えるシンポジウムの運営に参加している。彼は、長年本当の父親について教えてもらえず、自分のルーツを辿れないことを苦痛に思っている。夏子が自分の小説を逢沢に渡したことをきっかけに、二人はたびたび会って話すようになる。
「なぜ会いたいと思うのか。自分の子どもがいったいどういう存在だと思っているのか。いったい自分がなにを、誰を、どんな存在を想定しているのか。わたしはきちんと話せなかった。ただ、その誰かもわからない誰かに会うことが、自分にとってとても大事なことだと思っていることを、なんとか言葉をつないで伝えていった。」
「なぜ自分が本当の父親に会いたいと思っているのか、本当のところは自分でもよくわからないのだと逢沢さんは話した。会えないとわかっているから会いたいのか、会うことがいったいなんなのか、考えれば考えるほどわからなくなると逢沢さんは話してくれた。」
夏子は周りの女性と様々な会話を交わす。自分が母を憎んでいたように、いつか自分は娘に憎まれるようになると思っている元バイト仲間。子どもを産まないことが自分にとっては自然で、子育てする人は物好きだと思っている10歳上の編集者。女の人生に男は不要、子どもに出会うために自分が産まれて生きてきたとまで思うようになった作家。酒席で語られるそれぞれの普段は秘められた声が、夏子を通して、読み手にも響いてくる。
それぞれの女性が語ることは、どこか身に覚えのあるようなことで、どの人に対しても、そういう面もたしかにあります、と認めざるを得ない。特に、AIDで産まれた女性で逢沢の恋人である、善百合子の反出生主義の考え方に、自分だったら何と答えるか、悩んでしまった。
「どうしてみんな、子どもを生むことができるんだろうって考えているだけなの。どうしてこんな暴力的なことを、みんな笑顔でつづけることができるんだろうって。生まれてきたいなんて一度も思ったこともない存在を、こんな途方もないことに、自分の思いだけで引きずりこむことができるのか、わたしはそれがわからないだけなんだよ」
そこにあるのだけれど、語られてこなかったこと
あらすじだけ追うと、真面目で堅い物語のように聞こえるかもしれないけれど、そんなことはない。時折、大阪弁の語りが顔を見せ、テンポの良い会話が繰り出される。作家としての日常も描かれるので、もしかして著者自身が実際に遭遇したことが元になっているのかな、などと思ってしまうようなシーンもある。
家族のあり方、性愛を介さないパートナーシップ、シスターフッド、生殖倫理など、これからの時代にますます表出していくトピックが散りばめられていて、いろんな楽しみ方のできる物語だ。
『夏物語』は『乳と卵』と同様、「そこにあるのだけれど、語られてこなかったこと」が物語になっている。『乳と卵』で、女性の身体を取り上げた頃は、今と違って、生理が公に話題になることは少なかった。(そういえば、タレントの松島尚美が生理用品をプロデュースしたことがあったなと思って、検索してみたら2008年のことだったらしい。当時、テレビ番組で生理用品に言及するのは珍しいなと思った記憶がある。)
『夏物語』に出てくるトピックも今後、もっと多くの人に語られるようになるだろう。
個人的には、夏子の死生観も興味深い。この物語では、夏子の書いた小説がキーアイテムのひとつになっている。筋はわからないが、作中の人物の感想によると、死者が出てくる連作のような短編集らしい。おそらく、彼女の死生観が表されているはずだ。この小説を刊行したことにより、現在の仕事や金銭が確保でき、この小説が縁で編集者や同業者と出会ったり、逢沢と連絡を取り合うきっかけができたりする。
彼女の死生観がどういうものか、私にはうまく説明できないけれど、今を生きる親しい人たちの声、死んでしまった懐かしい人たちの声なき声が夏子に流れ込んで、彼女の死生観の表出として、産み出すことは暴力的であることを織り込んだ上で、それでも出産を決意した、そういう風に受け取った。
「たった死んだくらいのことで会えなくなるとか消えるとか、おかしなことだと思いませんか。」
彼女たちの物語は、まだまだ続く。前途には、これからも「そこにあるけれど、語られてこなかったこと」が待ち構えているだろう。いつか、また、何年か後の彼女たちに会える日が来るといいなと思っている。
どうなってるの、この島は?−シンガポールの来し方を読む
デザインされた国
シンガポールに観光に行ってきた。半ば成り行きの旅で、初めての上陸だった。
有名観光スポットをいくつか巡り、その豪華さに感嘆し、安くて美味しい中華料理に舌鼓を打ち続けていたのだけれど、私にとって最も印象的だったのは、ナショナルデザインセンターの"Fifty Years of Singapore Design" という小規模な展示だった。
2015年の建国50年を記念した常設展示(2021年末まで)で、10年ずつに分けて"Building a Nation", "Economic Boom", "New Technologies", "Going Global", "Looking Back, Looking Forward" という見出しで各時代の代表的なデザインがパネル展示されている。
そして、特に1965年からの10年間の解説を読んでいて「国をデザインする」という捉え方に少し鳥肌が立った。そうか、この国は意図的に、現代の技術をもって造られたのか……。
成り行きで何日か滞在しただけの国だけれど、俄然気になって、まずは岩崎育夫『物語 シンガポールの歴史』(中公新書)を開いた。
岩崎育夫『物語 シンガポールの歴史』
この本は、シンガポールの来し方がよくまとまっていて、観光中に抱いた疑問も箇所も見つけられ、旅行のアフターフォローにぴったりだった。
旅行中に私が抱いた疑問と本書で見つけた答えは次の通り。
Q1: ラッフルズという名前の建物が多いけれど誰?
A1: 寒村だったシンガポールの発展の基礎を築いた人物の名前。
Q2: チャイナタウン、リトル・インディアなどエスニシティに関する地名があるのはなぜ?
A2: イギリス植民地時代の名残。民族ごとに居住区が設定されていた。
Q3: 国立博物館に阿片窟の展示があるのはなぜ?
A3: イギリス植民地時代に、東インド会社が現地の人にアヘンを売り、利益を上げていた。
国立博物館の展示は、日本でいうと歴史民俗博物館が担っている内容。おそらく2015年にリニューアルされたものと思われる。展示で何を見せていて、何を見せていないのか、この本を読むとわかるので面白い。
Q4: シンガポール航空ってどんな企業?
A4: 政府系企業で、選りすぐりのエリートが就職している。
シンガポール航空の搭乗券の提示で、入場料が割引になる施設が結構ある。国立博物館までも入場料が割引になるのが不思議だったのだが、シンガポール航空が政府系企業だと知って納得。(ちなみに各施設のチケット売り場には割引のことは掲げられていないので、窓口で直接尋ねる必要がある。)
本書はとても読みやすく、観光だけでは見えてこない姿に驚かされるが、文化の記載については物足りなさを感じた。あとがきで「社会文化や普通の国民の意識や生活ぶりにはあまり触れられなかったと反省している」と筆者も認めていたので、次にkindleストアで見つけた映画史の本を読んでみた。
盛田茂『シンガポールの光と影:この国の映画監督たち』
シンガポールの光と影: この国の映画監督たち (インターブックス)
- 作者: モリタ
- 出版社/メーカー: インターブックス
- 発売日: 2018/07/12
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る
第一部は概説で、シンガポールの歴史とシンガポールの映画の歴史について述べられている。第1章の歴史部分については、先ほどの『物語 シンガポールの歴史』を先に読んでおくと頭に入りやすい。
第二部からが本番。各トピックの概説と関連する映画作品や監督へのインタビューで非常に読み応えがある。シンガポールの人々が社会をどう捉えているかということがうかがえる。
文化振興の名の下、文化経済政策な立場をとる政府の姿勢。そして、急速な発展、開発至上主義の陰にあるもの、言語政策がもたらしたもの、失われた文化、宗教、教育制度、徴兵制度、LGBT、少子高齢化、外国人労働者などの様相が、作品や監督の考えから紹介される。
検閲体制のもと、表現のラインを探りながら撮られた作品の数々にとても興味を惹かれる。私が一番気になったのは、ケルビン・トン監督のホラー映画『メイド 冥土』(2005年)。『物語 シンガポールの歴史』にも、外国人メイドに対する人権侵害(妊娠検査が義務付けられていて、妊娠が判明したら強制帰国)に触れられているが、本書に紹介されている監督の制作意図の文中の以下の文言に唸ってしまった。
「メイドはわずかな生活費を稼ぐため故郷から遠く離れ、いじめに苦しみながら一日中せっせと働かざるを得ない。これ自体がホラー映画のテーマになり得る。疎外感、見えざる危険そして無言の恐怖の基盤に立脚しているからだ。」
筆者は時折、同じような問題点を抱える日本にも言及し、「多様性の尊重」を訴える。他人事のように思われるが、政府の思惑と庶民の思いと文化芸術は今まさに、日本でも看過できないトピックとなっている。
Ryan How 『Awesome art Singapore :10 Works From The Lion City Everyone Should Know』
表現規制があるとはいえ、観光客視点だと、子ども向けの展示やイベントも盛んで、アート教育には熱心だなぁと思わされる。ただ、技法的な部分に重きを置いているのかもしれない。
博物館では、子どもたちのコンサートを開催していているのを見かけた(真っ赤なスタインウェイのピアノを使っていた!)。ナショナルギャラリーには、常設の子ども向けのワークスペースやプレイルームがある。そして、以下の本が可愛くて、自分用のお土産につい買ってしまった。
Awesome art Singapore :10 Works From The Lion City Everyone Should Know
https://www.amazon.com/Awesome-Art-Singapore-Everyone-Should/dp/9811187088
ナショナルギャラリーが発行している子ども向けの美術鑑賞とアクティビティの掲載された本。フルカラーで、歴史や庶民文化にも絡めつつ、収蔵作品を紹介している。
各作品の鑑賞のヒントになる話、使用されている技巧を紹介しつつ、開発の歴史や地理、シンガポール名物の食べ物などを取り上げている。アートと社会を身近に感じられる作りになっている。そしてイラストがとても可愛いくて、各ページのデザインも素敵。
日本の美術館や博物館でもこういう本があるといいなぁ。すでにあるかなぁ。子ども向けに日本各地の公立美術館の所蔵品と鑑賞、地域の歴史にも触れた美術のワークブックが出ないかなぁ、などと想像が膨らむ。
自分が暮らしている国についての本を読めばいいのに、ついつい夢中になってシンガポールの本を読み進めてしまった。実際、とてもユニークというか、ショッピングセンターひとつとっても、いろんな国の資本が入っていて、万国博覧会みたいな場所だなぁと思った。
いずれまた訪れて、今度は独立系のブックストア巡りをしてみたいと企んでいる。
あのひとの本棚−Jane Mount, Thessaly La Force 『My Ideal Bookshelf』
さて、何を読めばいいのか
オーストラリアの図書館や書店に足を踏み入れて思ったのは、「日本のように鼻が効かない」だった。
和書のように著者名、出版社、装丁から当たりをつけることもできないし、手にとってパラパラと中を見てみても、面白そうかどうかわからない。
適当に選んだものを手当たり次第読めばいいのかもしれないけれど、語学力と日々の生活を考えるとそうもいかない。
習ったことのない言語だったら、かえって装丁や文章量などで決めてしまえるのかもしれないけれど、ある程度は読めるせいか、もどかしい思いをしてしまう。
では手始めに、本をお勧めしている本を読もう!ということで手に取ったのがこちら。
作家、アーティスト、料理家など主にアメリカで活躍するクリエイティブな職業の約100名の著名人が理想の本棚について語ったエッセイ集、『My Ideal Bookshelf』。
- 作者: Jane Mount,Thessaly La Force
- 出版社/メーカー: Little, Brown and Company
- 発売日: 2012/11/13
- メディア: ハードカバー
- この商品を含むブログを見る
読み応えのあるショートエッセイ集
一人(一組)あたり1ページのエッセイに、見開きで対になるページにJane Mountによる本の背表紙のイラストが掲載される構成。彼女のイラストは、ただ本の背表紙を描いているだけのはずなのに、とてもお洒落だ。
これが本の背表紙の写真だったら、そんなに目を引いたとは思えない。魅力の秘密は、印刷物が手描きになることで生じる味わいと、背景が削ぎ落とされていること、何と言っても色遣いにあるのではないかと思う。
本物の書籍の色をそのまま再現すると、非常に地味になったり、並べ方によってはガタガタな印象を与えてしまいがちだけれど、Janeは明度と彩度の高い色を用いて統一感を出している。一見、誰にでも描けそうな題材だけれど、素敵なイラストに仕上げるのはかなりの技量がいる。
エッセイは1ページなので、気軽に読めるものの、文中の作家名や作品名、イラストの本棚を眺めていると気になることが多すぎて、すぐにスマホで検索をかけてしまうので、なかなか読み進めるのが大変だった。
短い文章ながら、各自の来し方と絡めて様々な本の思い出が語られるのはすごく面白かった。
とにかく本をたくさん読んできたと書いている作家も多い。創作の際にインスピレーションの泉源として参照する小説を挙げている作家もいる。
たまに日本語の本や日本人作家の小説(ほとんど村上春樹か三島由紀夫)をあげている人もいる。
違う言語の国に暮らしている身としては、米国に移民として来たJunot Díaz(ジュノ ・ディアス)の"In reading, no one could criticize my English. In reading, I could practice English; I could live in English."という文章がとても印象的だった。
どんな本が紹介されているかの例として、以下に日本でも愛読者の多い(と私が勝手に思っている)女性作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、ミランダ・ジュライ、イーユン・リー の「理想の本棚」リストを紹介する。
※なお、寄稿者一覧と各人のブックリストは公式サイトのこちらのページで公開されています。日本語版を見つけた本については、書誌情報を加えています。
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ(Chimamanda Ngozi Adichie)の理想の本棚
- The Dark Child: The Autobiography of an African Boy, by Camara Laye
- Middlemarch, by George Eliot(ジョージ・エリオット, 廣野由美子訳『ミドルマーチ』光文社古典新訳文庫, 2019年-)
- The Line of Beauty, by Alan Hollinghurst
- Arrow of God, by Chinua Achebe
- Lucy, by Jamaica Kincaid (ジャメイカ・キンケイド『ルーシー』学芸書林, 1993年)
- The Fire Next Time, by James Baldwin (ジェイムズ・ボールドウィン『次は火だ ボールドウィン評論集』弘文堂, 1968年)
- Reef, by Romesh Gunesekera
- Collected Poems, 1948-1984, by Derek Walcott
- No Sweetness Here, by Ama Ata Aidoo
幼い頃に読んでいたものは、ほぼイギリスやアメリカの文学だったというアディーチェに衝撃を与えたのが、アフリカを描くCamara LayeとChinua Achebe。また、現代的なジェンダーの考えに共感したというエリオットの『ミドルマーチ』などが挙げられている。
『ミドルマーチ』を理想の本棚に入れている人は他にもいて、日本でも新訳が刊行中なので、ぜひ読んでおきたいと思った。
ミランダ・ジュライ(Miranda July)の理想の本棚
- The North Star Man, by Kota Taniuchi (藤田圭雄 文, 谷内こうた 絵 『おじいさんのばいおりん』至光社, 1972 (多分))
- What We Talk About When We Talk About Love, by Raymond Carver (レイモンド・カーヴァー, 村上春樹訳『愛について語るときに我々の語ること』中央公論新社, 2006)
- King Kong Theory, by Virginie Despentes, translated by Stephanie Benson
- Three Novels: The Cloak, The Black Pestilence, The Comb, by Nina Berberova, translated by Marian Schwartz
- Ticknor, by Sheila Heti
- Peter Fischli & David Weiss, by Robert Fleck, Beate Soentgen, and Arthur C. Danto
- Moholy-Nagy: An Anthology, by Laszlo Moholy-Nagy and edited by Richard Kostelanetz
- The Collected Stories of Lydia Davis, by Lydia Davis
- Gentlewoman, Spring and Summer 2012, Issue no. 5
- Dieter and Dorothy, by Dieter Roth and Dorothy Iannone
- Sophie Calle Did You See Me?, by Christine Macel, Yve-Alain Bois, and Olivier Rolin
脚本を書くときには、アートの本を眺めるというミランダ・ジュライ。同じく小説を書くときには、リディア・デイヴィスの小説をめくるのだそう。リディア・デイヴィスはこれまた「理想の本棚」にちょくちょく挙げられていて、日本では、ジュライと同じく岸本佐知子さんの訳でいくつか本が出ているようなので、読んでみたくなった。
そしてなんと、リストに日本の絵本が!『The North Star Man』はおそらく『おじいさんのばいおりん』の英語版。(内容を確認できていないので確定はできず。英語版の出版が1970年で、日本語版は1972年で前後しているのだけれど、他に該当しそうな本は見当たらず。)不思議な見知らぬ人に出会って冒険する絵本を好んだ子どもの頃の記憶は、『あなたを選んでくれるもの』で、見知らぬ人々に会いに行く大人の彼女につながっているのかな、などと思った。
イーユン・リー(Yiyun Li)の理想の本棚
- The House in Paris, by Elizabeth Bowen (エリザベス・ボウエン, 太田良子訳『パリの家』晶文社, 2014年)
- Monsignor Quixote, by Graham Greene (グレアム・グリーン, 宇野利泰訳『キホーテ神父』早川書房, 1983年)
- William Trevor: The Collected Stories, by William Trevor
- A Moveable Feast, by Ernest Hemingway(アーネスト・ヘミングウェイ, 高見浩訳『移動祝祭日』新潮文庫, 2009年)
- Before My Time, by Niccolò Tucci
- Turgenev's Letters, edited and translated by Edgar H. Lehrman
- Essays of Michel de Montaigne, by Michel de Montaigne and illustrated by Salvador Dalí
- The Living Novel and Later Appreciations, by V. S. Pritchett
- Willie Ille Pu, by A. A. Milne and translated by Alexander Lenard (ミルン『くまのプーさん』のラテン語版)
- One Art: Letters, by Elizabeth Bishop and edited by Robert Giroux
イーユン・リー は、ウィリアム・トレヴァーの作品を愛読し、自分の小説家としてのキャリアは彼の作品に負うところが大きいと言う。学生時代に「The New Yorker」に掲載されていたトレヴァーの短編を読み、もっと読みたくなって『アフター・レイン』を手に取り夢中になったのだそう。異国で、その国の言葉(といってもトレヴァーはアイルランド生まれでイギリスで暮らした人で、リーはアメリカに住んでいるのだけれど)で書かれた物語と恋に落ちる経験をとても羨ましく思った。
- 作者: ウィリアムトレヴァー,William Trevor,安藤啓子,神谷明美,佐治小枝子,鈴木邦子
- 出版社/メーカー: 彩流社
- 発売日: 2009/01/23
- メディア: 単行本
- クリック: 4回
- この商品を含むブログ (8件) を見る
その他、気になった本
たくさんあって、とてもこちらに滞在中に読みきれないので、帰国後に翻訳で読むことにしている(当初の思惑、「豪で何を読むか」からずれてしまった)私の気になるリストから3冊ご紹介。
ジョーン・ディディオン『悲しみにある者』(慶應義塾大学出版会)
外科医・作家のAtul Gawande(アトゥール・ガワンデ)の本棚の本。エッセイには出てこないのだけれど、"The Year of Magical Thinking"という原題に惹かれた。
ガワンデの『死すべき定め』(みすず書房)や『医師は最善を尽くしているか』(同)も気になる。
作家のWells Tower(ウェルズ・タワー)の本棚から。川端作品の美しさは彼に言わせると"compositional"なのだそうだ。ちなみに英題は『Palm-of-the-Hand Stories』。
グレイス・ペイリーの短編
- 作者: グレイスペイリー,Grace Paley,村上春樹
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/06/10
- メディア: 文庫
- 購入: 2人 クリック: 28回
- この商品を含むブログ (32件) を見る
編集者のSally Singer(サリー・シンガー)の本棚から。日本では村上春樹訳でグレイス・ペイリーの著作全3冊が刊行されているので、初期の『人生のちょっとした煩い』から読んでみたい。
さて、何から読めばいいのか。
主人公はママ、舞台はオーストラリア
短期ながら渡豪するため、現地の文化や習俗を伺い知りたいという魂胆で、オーストラリアが物語の舞台となった小説をぼちぼちと読んできた。
(1) オーストラリアを舞台にした小説で、(2) 日本語で読めて、(3) Kindleで入手可能な、(4) 近年の作品 という条件で見つけた3作品を読んだら、いずれも主人公は小さい子を持つ母親で、他人事とは思えないとハラハラしながら読むことになった。(たまたま手にしたのがそういう作品だっただけで、見逃している作品もたくさんあるはず。)
渡航前に読んだときはいずれも、地球のどこに居たって自分の問題は付いて回るし、人間関係は大変という印象を受けた。しかし、実際に暮ら始めてから読み直すと、描写にうなずいたり、遠い土地での暮らしを少し身近に感じることができるようになったりして、土地で読む作品を選ぶというのもありだなと思った。
岩城けい『さようなら、オレンジ』(筑摩書房)
オーストラリアの小さな町の英語学校で出会った難民の女性と日本人女性。異国の地で働き学び、必死に生きる二人の物語。オーストラリア在住の著者のデビュー作。
二人の話が交互に展開される。まず、難民として彼の地に辿り着き、夫に出て行かれて、スーパーの精肉部門で働きながら子どもを育てるサリマの話。そして、研究者の夫と共に渡航し、幼子を抱えながらも書くことへの執念を燃やす日本人女性(サユリ)が、恩師に宛てた手紙によって構成される話。新しい言葉と共に生きていく二人の姿はとても力強く、特に言語に対する感性が研ぎ澄まされている。
サユリが、母語である日本語について「祖国からたったひとつ持ち出すことを許されたもの、私の生きる糧を絞り出すことを許されたもの」と記した手紙は、彼女の、そして著者の過ごした年月の重みが感じられる。
著者は他にもオーストラリアと日本に関する小説を出しているので(しかもありがたいことに電子書籍でも読める)、他の作品も読んでいきたい。
リアーン・モリアーティ『ささやかで大きな嘘』(和邇桃子訳/創元推理文庫)
オーストラリア発のベストセラー。米HBOでアメリカを舞台にドラマ化されて(「ビッグ・リトル・ライズ」)大評判を呼んだ作品。
海辺の幼稚園の保護者会で死人が出た。誰が、なぜ亡くなったのか?話は半年前に遡る。姉御肌のマデリーン、セレブ妻のセレスト、シングルマザーのジェーンの三人の母親を軸に話は進む。みんなそれぞれにトラブルを抱えていて、誰が事件を起こしても、巻き込まれてもおかしくないのでは、と思わされる。
ママ達のやるせない思いと続出するトラブル、ユーモラスな語り口でグイグイ読ませるミステリ。特にマデリーンのパートが面白かった。(オーストラリアを知るためにこの作品を読むって、日本のことを知るために桐野夏生の『ハピネス』読むようなものだろうか。)
渡航前に読んだ時には、日本車がやたらと出てくるのが気になったが、実際、日本車がかなり多い。そして、リアーン・モリアーティは人気作家のようで、書店や日用品店の小説コーナーでは、目立つところに置かれている。未邦訳の作品もまだまだあるようなので、原書で読めるような英語力は無いものの、滞在中に一冊は挑戦してみたい。
犯人と被害者が謎で、女性が沢山登場する物語ということでP・マガーの『七人のおば』を思い出した。(こちらはアメリカが主な舞台の小説で、オーストラリアは関係なし)
小島慶子『ホライズン』(文藝春秋)
オーストラリアの西海岸(明記はされていないけれど多分パース)で暮ら4人の日本人女性の人間関係模様の話。狭い日本人社会、彼の地の自然を背景に、悩みながら生きる姿が描かれる。
メインの登場人物は全員既婚で、みんな夫の仕事の都合で渡航し、現地では専業主婦をしている。日本人というだけの繋がりで集まり、子の有無を気にしたり、お互いを比べて値踏みしたり、イライラを募らせたり、それでも何とか自分の人生と折り合いをつけていく。
内面が描かれる3人と何を考えているのか謎の人という組み合わせ、トラブルを起こす立場の人が男の子の母親というのは、『ささやかで大きな嘘』も同じ。物語を動かしやすいのだろうか。
最初に読んだときは、初読にも関わらず謎の既視感を覚え、「東洋経済オンライン」に載っていそうな話の集合体という結論に至ったのだけれど(「発達障害のある夫との海外生活、ワンオペ育児に妻はキレた!」や「駐在妻の憂鬱。地球の反対側にも付いて回る日本のしがらみ」みたいなタイトルの記事がありそう)、渡航してから読み直すと、現地の様子の描写にうなずいたり、在外生活の背中を押してくれるような、登場人物の前向きな心持ちにさせてもらったりと心強く思えた。
今回読んだ日本人作家の作品はいずれも、配偶者の仕事の都合で渡豪した女性の話だったけれど、留学やワーキングホリデー、自身の仕事でオーストラリアに赴く人も沢山いるはずなので、違った立場の人、特に自分の意思で渡った人の話も読んでみたい。自分の意思ではなく、偶々行くことになった人の方が、物語の主役になりやすいのかもしれないが。(web小説で人気ジャンルの異世界転生みたいなものかもしれない。)
それと、自分の周りには日本人がおらず、中国や東南アジアの人の勢いがすごいと感じているので、日本以外の国の人が主役でオーストラリアが舞台の小説も読んでみたいなと思う。あっても邦訳される望みがあまり無さそうだけれど。