すみながし

引っ越しを控えているのに本棚は減らせないまま増える一方

主人公はママ、舞台はオーストラリア

  短期ながら渡豪するため、現地の文化や習俗を伺い知りたいという魂胆で、オーストラリアが物語の舞台となった小説をぼちぼちと読んできた。

 (1) オーストラリアを舞台にした小説で、(2) 日本語で読めて、(3) Kindleで入手可能な、(4) 近年の作品 という条件で見つけた3作品を読んだら、いずれも主人公は小さい子を持つ母親で、他人事とは思えないとハラハラしながら読むことになった。(たまたま手にしたのがそういう作品だっただけで、見逃している作品もたくさんあるはず。) 

 渡航前に読んだときはいずれも、地球のどこに居たって自分の問題は付いて回るし、人間関係は大変という印象を受けた。しかし、実際に暮ら始めてから読み直すと、描写にうなずいたり、遠い土地での暮らしを少し身近に感じることができるようになったりして、土地で読む作品を選ぶというのもありだなと思った。

 

 

岩城けいさようなら、オレンジ』(筑摩書房

さようなら、オレンジ (ちくま文庫)

さようなら、オレンジ (ちくま文庫)

 

  オーストラリアの小さな町の英語学校で出会った難民の女性と日本人女性。異国の地で働き学び、必死に生きる二人の物語。オーストラリア在住の著者のデビュー作。

  二人の話が交互に展開される。まず、難民として彼の地に辿り着き、夫に出て行かれて、スーパーの精肉部門で働きながら子どもを育てるサリマの話。そして、研究者の夫と共に渡航し、幼子を抱えながらも書くことへの執念を燃やす日本人女性(サユリ)が、恩師に宛てた手紙によって構成される話。新しい言葉と共に生きていく二人の姿はとても力強く、特に言語に対する感性が研ぎ澄まされている。

 サユリが、母語である日本語について「祖国からたったひとつ持ち出すことを許されたもの、私の生きる糧を絞り出すことを許されたもの」と記した手紙は、彼女の、そして著者の過ごした年月の重みが感じられる。

  著者は他にもオーストラリアと日本に関する小説を出しているので(しかもありがたいことに電子書籍でも読める)、他の作品も読んでいきたい。

 

リアーン・モリアーティ『ささやかで大きな嘘』(和邇桃子訳/創元推理文庫) 

ささやかで大きな嘘〈上〉 (創元推理文庫)

ささやかで大きな嘘〈上〉 (創元推理文庫)

 
ささやかで大きな嘘〈下〉 (創元推理文庫)

ささやかで大きな嘘〈下〉 (創元推理文庫)

 

  オーストラリア発のベストセラー。米HBOでアメリカを舞台にドラマ化されて(「ビッグ・リトル・ライズ」)大評判を呼んだ作品。

 海辺の幼稚園の保護者会で死人が出た。誰が、なぜ亡くなったのか?話は半年前に遡る。姉御肌のマデリーン、セレブ妻のセレスト、シングルマザーのジェーンの三人の母親を軸に話は進む。みんなそれぞれにトラブルを抱えていて、誰が事件を起こしても、巻き込まれてもおかしくないのでは、と思わされる。

 ママ達のやるせない思いと続出するトラブル、ユーモラスな語り口でグイグイ読ませるミステリ。特にマデリーンのパートが面白かった。(オーストラリアを知るためにこの作品を読むって、日本のことを知るために桐野夏生の『ハピネス』読むようなものだろうか。)

  渡航前に読んだ時には、日本車がやたらと出てくるのが気になったが、実際、日本車がかなり多い。そして、リアーン・モリアーティは人気作家のようで、書店や日用品店の小説コーナーでは、目立つところに置かれている。未邦訳の作品もまだまだあるようなので、原書で読めるような英語力は無いものの、滞在中に一冊は挑戦してみたい。

 

 犯人と被害者が謎で、女性が沢山登場する物語ということでP・マガーの『七人のおば』を思い出した。(こちらはアメリカが主な舞台の小説で、オーストラリアは関係なし)

 

七人のおば (創元推理文庫)

七人のおば (創元推理文庫)

 

 

小島慶子『ホライズン』(文藝春秋

ホライズン (文春e-book)

ホライズン (文春e-book)

 

  オーストラリアの西海岸(明記はされていないけれど多分パース)で暮ら4人の日本人女性の人間関係模様の話。狭い日本人社会、彼の地の自然を背景に、悩みながら生きる姿が描かれる。

 メインの登場人物は全員既婚で、みんな夫の仕事の都合で渡航し、現地では専業主婦をしている。日本人というだけの繋がりで集まり、子の有無を気にしたり、お互いを比べて値踏みしたり、イライラを募らせたり、それでも何とか自分の人生と折り合いをつけていく。

 内面が描かれる3人と何を考えているのか謎の人という組み合わせ、トラブルを起こす立場の人が男の子の母親というのは、『ささやかで大きな嘘』も同じ。物語を動かしやすいのだろうか。

  最初に読んだときは、初読にも関わらず謎の既視感を覚え、「東洋経済オンライン」に載っていそうな話の集合体という結論に至ったのだけれど(「発達障害のある夫との海外生活、ワンオペ育児に妻はキレた!」や「駐在妻の憂鬱。地球の反対側にも付いて回る日本のしがらみ」みたいなタイトルの記事がありそう)、渡航してから読み直すと、現地の様子の描写にうなずいたり、在外生活の背中を押してくれるような、登場人物の前向きな心持ちにさせてもらったりと心強く思えた。

 

 今回読んだ日本人作家の作品はいずれも、配偶者の仕事の都合で渡豪した女性の話だったけれど、留学やワーキングホリデー、自身の仕事でオーストラリアに赴く人も沢山いるはずなので、違った立場の人、特に自分の意思で渡った人の話も読んでみたい。自分の意思ではなく、偶々行くことになった人の方が、物語の主役になりやすいのかもしれないが。(web小説で人気ジャンルの異世界転生みたいなものかもしれない。)

 それと、自分の周りには日本人がおらず、中国や東南アジアの人の勢いがすごいと感じているので、日本以外の国の人が主役でオーストラリアが舞台の小説も読んでみたいなと思う。あっても邦訳される望みがあまり無さそうだけれど。