すみながし

引っ越しを控えているのに本棚は減らせないまま増える一方

あのひとの本棚−Jane Mount, Thessaly La Force 『My Ideal Bookshelf』

さて、何を読めばいいのか

オーストラリアの図書館や書店に足を踏み入れて思ったのは、「日本のように鼻が効かない」だった。

和書のように著者名、出版社、装丁から当たりをつけることもできないし、手にとってパラパラと中を見てみても、面白そうかどうかわからない。

適当に選んだものを手当たり次第読めばいいのかもしれないけれど、語学力と日々の生活を考えるとそうもいかない。

習ったことのない言語だったら、かえって装丁や文章量などで決めてしまえるのかもしれないけれど、ある程度は読めるせいか、もどかしい思いをしてしまう。

 

では手始めに、本をお勧めしている本を読もう!ということで手に取ったのがこちら。

作家、アーティスト、料理家など主にアメリカで活躍するクリエイティブな職業の約100名の著名人が理想の本棚について語ったエッセイ集、『My Ideal Bookshelf』。

 

My Ideal Bookshelf

My Ideal Bookshelf

 

 

 

読み応えのあるショートエッセイ集

一人(一組)あたり1ページのエッセイに、見開きで対になるページにJane Mountによる本の背表紙のイラストが掲載される構成。彼女のイラストは、ただ本の背表紙を描いているだけのはずなのに、とてもお洒落だ。

これが本の背表紙の写真だったら、そんなに目を引いたとは思えない。魅力の秘密は、印刷物が手描きになることで生じる味わいと、背景が削ぎ落とされていること、何と言っても色遣いにあるのではないかと思う。

本物の書籍の色をそのまま再現すると、非常に地味になったり、並べ方によってはガタガタな印象を与えてしまいがちだけれど、Janeは明度と彩度の高い色を用いて統一感を出している。一見、誰にでも描けそうな題材だけれど、素敵なイラストに仕上げるのはかなりの技量がいる。

 

エッセイは1ページなので、気軽に読めるものの、文中の作家名や作品名、イラストの本棚を眺めていると気になることが多すぎて、すぐにスマホで検索をかけてしまうので、なかなか読み進めるのが大変だった。

短い文章ながら、各自の来し方と絡めて様々な本の思い出が語られるのはすごく面白かった。

とにかく本をたくさん読んできたと書いている作家も多い。創作の際にインスピレーションの泉源として参照する小説を挙げている作家もいる。

たまに日本語の本や日本人作家の小説(ほとんど村上春樹三島由紀夫)をあげている人もいる。

 

違う言語の国に暮らしている身としては、米国に移民として来たJunot Díaz(ジュノ ・ディアス)の"In reading, no one could criticize my English. In reading, I could practice English; I could live in English."という文章がとても印象的だった。

 

どんな本が紹介されているかの例として、以下に日本でも愛読者の多い(と私が勝手に思っている)女性作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、ミランダ・ジュライ、イーユン・リー の「理想の本棚」リストを紹介する。

 

※なお、寄稿者一覧と各人のブックリストは公式サイトのこちらのページで公開されています。日本語版を見つけた本については、書誌情報を加えています。

 

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ(Chimamanda Ngozi Adichie)の理想の本棚

 

幼い頃に読んでいたものは、ほぼイギリスやアメリカの文学だったというアディーチェに衝撃を与えたのが、アフリカを描くCamara LayeとChinua Achebe。また、現代的なジェンダーの考えに共感したというエリオットの『ミドルマーチ』などが挙げられている。

『ミドルマーチ』を理想の本棚に入れている人は他にもいて、日本でも新訳が刊行中なので、ぜひ読んでおきたいと思った。

 

ミドルマーチ1 (光文社古典翻訳文庫)

ミドルマーチ1 (光文社古典翻訳文庫)

 

 

 

ミランダ・ジュライMiranda July)の理想の本棚
  • The North Star Man, by Kota Taniuchi (藤田圭雄 文, 谷内こうた 絵 『おじいさんのばいおりん』至光社, 1972 (多分))
  • What We Talk About When We Talk About Love, by Raymond Carver (レイモンド・カーヴァー, 村上春樹訳『愛について語るときに我々の語ること』中央公論新社, 2006)
  • King Kong Theory, by Virginie Despentes, translated by Stephanie Benson
  • Three Novels: The Cloak, The Black Pestilence, The Comb, by Nina Berberova, translated by Marian Schwartz
  • Ticknor, by Sheila Heti
  • Peter Fischli & David Weiss, by Robert Fleck, Beate Soentgen, and Arthur C. Danto
  • Moholy-Nagy: An Anthology, by Laszlo Moholy-Nagy and edited by Richard Kostelanetz
  • The Collected Stories of Lydia Davis, by Lydia Davis
  • Gentlewoman, Spring and Summer 2012, Issue no. 5
  • Dieter and Dorothy, by Dieter Roth and Dorothy Iannone
  • Sophie Calle Did You See Me?, by Christine Macel, Yve-Alain Bois, and Olivier Rolin

 

脚本を書くときには、アートの本を眺めるというミランダ・ジュライ。同じく小説を書くときには、リディア・デイヴィスの小説をめくるのだそう。リディア・デイヴィスはこれまた「理想の本棚」にちょくちょく挙げられていて、日本では、ジュライと同じく岸本佐知子さんの訳でいくつか本が出ているようなので、読んでみたくなった。

そしてなんと、リストに日本の絵本が!『The North Star Man』はおそらく『おじいさんのばいおりん』の英語版。(内容を確認できていないので確定はできず。英語版の出版が1970年で、日本語版は1972年で前後しているのだけれど、他に該当しそうな本は見当たらず。)不思議な見知らぬ人に出会って冒険する絵本を好んだ子どもの頃の記憶は、『あなたを選んでくれるもの』で、見知らぬ人々に会いに行く大人の彼女につながっているのかな、などと思った。

 

ほとんど記憶のない女 (白水Uブックス)

ほとんど記憶のない女 (白水Uブックス)

 

 

イーユン・リー(Yiyun Li)の理想の本棚
  • The House in Paris, by Elizabeth Bowen (エリザベス・ボウエン, 太田良子訳『パリの家』晶文社, 2014年)
  • Monsignor Quixote, by Graham Greene (グレアム・グリーン, 宇野利泰訳『キホーテ神父』早川書房, 1983年)
  • William Trevor: The Collected Stories, by William Trevor
  • A Moveable Feast, by Ernest Hemingway(アーネスト・ヘミングウェイ, 高見浩訳『移動祝祭日』新潮文庫, 2009年) 
  • Before My Time, by Niccolò Tucci
  • Turgenev's Letters, edited and translated by Edgar H. Lehrman
  • Essays of Michel de Montaigne, by Michel de Montaigne and illustrated by Salvador Dalí
  • The Living Novel and Later Appreciations, by V. S. Pritchett 
  • Willie Ille Pu, by A. A. Milne and translated by Alexander Lenard (ミルン『くまのプーさん』のラテン語版)
  • One Art: Letters, by Elizabeth Bishop and edited by Robert Giroux

 

イーユン・リー は、ウィリアム・トレヴァーの作品を愛読し、自分の小説家としてのキャリアは彼の作品に負うところが大きいと言う。学生時代に「The New Yorker」に掲載されていたトレヴァーの短編を読み、もっと読みたくなって『アフター・レイン』を手に取り夢中になったのだそう。異国で、その国の言葉(といってもトレヴァーはアイルランド生まれでイギリスで暮らした人で、リーはアメリカに住んでいるのだけれど)で書かれた物語と恋に落ちる経験をとても羨ましく思った。

 

アフター・レイン

アフター・レイン

 

 

その他、気になった本

たくさんあって、とてもこちらに滞在中に読みきれないので、帰国後に翻訳で読むことにしている(当初の思惑、「豪で何を読むか」からずれてしまった)私の気になるリストから3冊ご紹介。

 

ジョーン・ディディオン『悲しみにある者』(慶應義塾大学出版会)

悲しみにある者

悲しみにある者

 

 外科医・作家のAtul Gawande(アトゥール・ガワンデ)の本棚の本。エッセイには出てこないのだけれど、"The Year of Magical Thinking"という原題に惹かれた。

ガワンデの『死すべき定め』(みすず書房)や『医師は最善を尽くしているか』(同)も気になる。

 

川端康成『掌の小説』(新潮文庫

掌の小説 (新潮文庫)

掌の小説 (新潮文庫)

 

作家のWells Tower(ウェルズ・タワー)の本棚から。川端作品の美しさは彼に言わせると"compositional"なのだそうだ。ちなみに英題は『Palm-of-the-Hand Stories』。

 

グレイス・ペイリーの短編

人生のちょっとした煩い (文春文庫)

人生のちょっとした煩い (文春文庫)

 

編集者のSally Singer(サリー・シンガー)の本棚から。日本では村上春樹訳でグレイス・ペイリーの著作全3冊が刊行されているので、初期の『人生のちょっとした煩い』から読んでみたい。

 

さて、何から読めばいいのか。