また入院に持っていくなら―茨木のり子『詩のこころを読む』
入院のカバンに入れる本
私の初めての出産は、決められた日に入院しての誘発分娩だった。
経験もなく、忙しいのか、暇なのかよくわからないので、とりあえず本を一冊持って行くことにした。
そこで、入院に持って行くのにうってつけの本とは何かを考えた。
・kindle端末は紛失が怖いから、紙の本がいい
・もし紛失しても新品を買い直せるような、ロングセラーか近刊だと心配が少ない
・場所をとらず、手が疲れないように、文庫か新書サイズが望ましい
・長丁場になる可能性があるので、あまり簡単に読み終わってしまうものは困る(実際長かった)
・気軽に読めるもの
・途中で読む手を止めても困らないもの
自分の小さな本棚でこの条件を満たすものは、たった一冊で、それは茨木のり子『詩のこころを読む』だった。
詩人の茨木のり子が、自分の好きな詩について解説している本で、素敵な詩を読めて、さらに詩人による詩の読み方に触れられる。
若い人に向けて書かれているため、言葉遣いも平易で、疲れた大人にもやさしい。
ベッドの上で読み返す
この本のことは大学一年生の四月に同級生に教えてもらった。
読み終えてから、著者の詩集『おんなのことば』を買いに行った。
背筋の伸びる思いがした。
その後、就職してから読み返した。
このときは、大きな図書館に滝口雅子の詩集を探しに行った。
自分も鋭い目を持った大人の女になりたいと思っていた。
そして今度は、点滴や胎動を計測する機械に繋がれて、病院のベッドの上で開いた。
久々に読むもので、すっかり内容を忘れてしまっていたが、目次をめくって驚いた。
紹介されている詩は、「誕生から死」の順に並べられていた。
これから我が子が生まれてくる。
そして、自分は、そしてこの子も、万が一の場合は死ぬかもしれない、そんな時に人の一生を追うような本を読む。
恐る恐るページをめくる。
人を生み出すことへの慄き、いずれこの子も何かや誰かに夢中になるだろうこと、自分は先にこの世から去るだろうことなど様々なことに思いを馳せる。
カーテンで仕切られた大部屋のベッドの上、短い詩と鑑賞文を読んでいるだけで、様々な気持ちが去来して、静かに泣いてしまった。
無事に産んで、手渡したい
以前とは違う詩が目に止まった。
一つは、ジャック・プレヴェールの「祭」(小笠原豊樹 訳)
おふくろの水があふれるなかで
ぼくは冬に生れた
と始まる、おおらかに自分の出生を歌うこの詩に、すっかり惹きこまれてしまった。
無事に産んで、退院したらこの詩人の本を買いに行って、我が子が独り立ちする時が来たら渡そうと思った。
(荷物が増えるといわれるかもしれないが)
もう一つは、「食わずには生きてゆけない。」で始まる石垣りんの「くらし」。
石垣りんの詩は他にも2つ紹介されていて、著者の解説を読んで、すべての働く女性に突き刺さる作品ではないかと思った。
職場に復帰する前に、改めて読みたいと思った。
結局、出産に至ったのは、入院してから三日後で、本は最後まで読み通すことができた。
産後は出血多量でかなり消耗していたが、少しずつ回復していった。
一人で出かけられるようになってから、プレヴェールの詩集を買い求めた。
もしまた出産の機会があったら、この『詩のこころを読む』を病院に持って行こう。
そして人生に思いを馳せながら、新しい命を迎えたい。
そのときはまた、違う詩を気に入るかもしれない。
産前や入院時に読む本を探している人がいたら、この本に限らず、書評集や好きなものについて熱く語った本など「無事に退院して、これを楽しもう」と思える本をおすすめしたい。
そして、無事に戻ってきて、新しい本を手にしてほしい。