すみながし

引っ越しを控えているのに本棚は減らせないまま増える一方

主人公はママ、舞台はオーストラリア

  短期ながら渡豪するため、現地の文化や習俗を伺い知りたいという魂胆で、オーストラリアが物語の舞台となった小説をぼちぼちと読んできた。

 (1) オーストラリアを舞台にした小説で、(2) 日本語で読めて、(3) Kindleで入手可能な、(4) 近年の作品 という条件で見つけた3作品を読んだら、いずれも主人公は小さい子を持つ母親で、他人事とは思えないとハラハラしながら読むことになった。(たまたま手にしたのがそういう作品だっただけで、見逃している作品もたくさんあるはず。) 

 渡航前に読んだときはいずれも、地球のどこに居たって自分の問題は付いて回るし、人間関係は大変という印象を受けた。しかし、実際に暮ら始めてから読み直すと、描写にうなずいたり、遠い土地での暮らしを少し身近に感じることができるようになったりして、土地で読む作品を選ぶというのもありだなと思った。

 

 

岩城けいさようなら、オレンジ』(筑摩書房

さようなら、オレンジ (ちくま文庫)

さようなら、オレンジ (ちくま文庫)

 

  オーストラリアの小さな町の英語学校で出会った難民の女性と日本人女性。異国の地で働き学び、必死に生きる二人の物語。オーストラリア在住の著者のデビュー作。

  二人の話が交互に展開される。まず、難民として彼の地に辿り着き、夫に出て行かれて、スーパーの精肉部門で働きながら子どもを育てるサリマの話。そして、研究者の夫と共に渡航し、幼子を抱えながらも書くことへの執念を燃やす日本人女性(サユリ)が、恩師に宛てた手紙によって構成される話。新しい言葉と共に生きていく二人の姿はとても力強く、特に言語に対する感性が研ぎ澄まされている。

 サユリが、母語である日本語について「祖国からたったひとつ持ち出すことを許されたもの、私の生きる糧を絞り出すことを許されたもの」と記した手紙は、彼女の、そして著者の過ごした年月の重みが感じられる。

  著者は他にもオーストラリアと日本に関する小説を出しているので(しかもありがたいことに電子書籍でも読める)、他の作品も読んでいきたい。

 

リアーン・モリアーティ『ささやかで大きな嘘』(和邇桃子訳/創元推理文庫) 

ささやかで大きな嘘〈上〉 (創元推理文庫)

ささやかで大きな嘘〈上〉 (創元推理文庫)

 
ささやかで大きな嘘〈下〉 (創元推理文庫)

ささやかで大きな嘘〈下〉 (創元推理文庫)

 

  オーストラリア発のベストセラー。米HBOでアメリカを舞台にドラマ化されて(「ビッグ・リトル・ライズ」)大評判を呼んだ作品。

 海辺の幼稚園の保護者会で死人が出た。誰が、なぜ亡くなったのか?話は半年前に遡る。姉御肌のマデリーン、セレブ妻のセレスト、シングルマザーのジェーンの三人の母親を軸に話は進む。みんなそれぞれにトラブルを抱えていて、誰が事件を起こしても、巻き込まれてもおかしくないのでは、と思わされる。

 ママ達のやるせない思いと続出するトラブル、ユーモラスな語り口でグイグイ読ませるミステリ。特にマデリーンのパートが面白かった。(オーストラリアを知るためにこの作品を読むって、日本のことを知るために桐野夏生の『ハピネス』読むようなものだろうか。)

  渡航前に読んだ時には、日本車がやたらと出てくるのが気になったが、実際、日本車がかなり多い。そして、リアーン・モリアーティは人気作家のようで、書店や日用品店の小説コーナーでは、目立つところに置かれている。未邦訳の作品もまだまだあるようなので、原書で読めるような英語力は無いものの、滞在中に一冊は挑戦してみたい。

 

 犯人と被害者が謎で、女性が沢山登場する物語ということでP・マガーの『七人のおば』を思い出した。(こちらはアメリカが主な舞台の小説で、オーストラリアは関係なし)

 

七人のおば (創元推理文庫)

七人のおば (創元推理文庫)

 

 

小島慶子『ホライズン』(文藝春秋

ホライズン (文春e-book)

ホライズン (文春e-book)

 

  オーストラリアの西海岸(明記はされていないけれど多分パース)で暮ら4人の日本人女性の人間関係模様の話。狭い日本人社会、彼の地の自然を背景に、悩みながら生きる姿が描かれる。

 メインの登場人物は全員既婚で、みんな夫の仕事の都合で渡航し、現地では専業主婦をしている。日本人というだけの繋がりで集まり、子の有無を気にしたり、お互いを比べて値踏みしたり、イライラを募らせたり、それでも何とか自分の人生と折り合いをつけていく。

 内面が描かれる3人と何を考えているのか謎の人という組み合わせ、トラブルを起こす立場の人が男の子の母親というのは、『ささやかで大きな嘘』も同じ。物語を動かしやすいのだろうか。

  最初に読んだときは、初読にも関わらず謎の既視感を覚え、「東洋経済オンライン」に載っていそうな話の集合体という結論に至ったのだけれど(「発達障害のある夫との海外生活、ワンオペ育児に妻はキレた!」や「駐在妻の憂鬱。地球の反対側にも付いて回る日本のしがらみ」みたいなタイトルの記事がありそう)、渡航してから読み直すと、現地の様子の描写にうなずいたり、在外生活の背中を押してくれるような、登場人物の前向きな心持ちにさせてもらったりと心強く思えた。

 

 今回読んだ日本人作家の作品はいずれも、配偶者の仕事の都合で渡豪した女性の話だったけれど、留学やワーキングホリデー、自身の仕事でオーストラリアに赴く人も沢山いるはずなので、違った立場の人、特に自分の意思で渡った人の話も読んでみたい。自分の意思ではなく、偶々行くことになった人の方が、物語の主役になりやすいのかもしれないが。(web小説で人気ジャンルの異世界転生みたいなものかもしれない。)

 それと、自分の周りには日本人がおらず、中国や東南アジアの人の勢いがすごいと感じているので、日本以外の国の人が主役でオーストラリアが舞台の小説も読んでみたいなと思う。あっても邦訳される望みがあまり無さそうだけれど。

妊娠・出産に関する本たち

本棚の整理を機に、妊娠中に読んでいた妊娠・出産関連の本をまとめてみた。

 

初めてのことだったので、とても不安でネットでも色々と検索していたのだけれど、ネットだと自分のみたい情報だけしかみない、信用していいのか怪しい情報も多い、際限なくリンクを踏んでしまうスパイラルに落ち込むので、書籍が手元にあるのはやっぱり安心だった。電子書籍になっているものは、通勤中に読むことも多かった。

 

病院や自治体でも色んな冊子が配られるけど、結構読みづらかったり、貰える時期もこちらの知りたいタイミングとずれていたりするので、やっぱり自分で本を買ってしまうんだよなあ

 

長いので、ジャンル別に紹介。

 

 

 

1. 医療系(医療従事者による著書)

1-1. 宋美玄『産婦人科医ママの妊娠・出産パーフェクトBOOK』

 

もし、初めて妊娠したという方に一冊おすすめするとしたらこれ。

体の変化について知りたいこと気になることが網羅されている。

末尾の番外編「妊娠カレンダー」のページを確認するのが毎週の楽しみだった。

 

1-2. 荻田和秀『嫁ハンをいたわってやりたいダンナのための妊娠出産読本』

 

鈴ノ木ユウコウノドリ』の主人公のモデルとなった男性産婦人科医が、軽妙な語り口で妊娠出産を男性に向けて説明する。もちろん女性にも参考になる。

我が家の場合は、私がまず読み、夫には内容をかいつまんで話したところ、「米国の産婦人科の教科書では、つわりのときは、『ポテトチップスとコーラで乗り切れ!』と書かれている」というところだけ印象に残ったのか、やたらとポテトチップスを買ってくるようになった。

 

1-3.  森戸やすみ『孫育てでもう悩まない!祖父母&親世代の常識ってこんなにちがう?祖父母手帳』
孫育てでもう悩まない!  祖父母&親世代の常識ってこんなにちがう?  祖父母手帳

孫育てでもう悩まない! 祖父母&親世代の常識ってこんなにちがう? 祖父母手帳

 

 

こちらは主に産後の話。子育ての常識が今はこうなっていますよ、ということを丁寧に紹介する本。

実母による「私はこうしてた」に対する想定問答集として重宝した。(親に読む用に渡したけれど読んでくれたか怪しい。)

自分にも古い常識が勝手にインストールされていたことが確認できたので、年齢問わず役立つ本。

 

1-4. 竹内正人ほか『ママのための帝王切開の本−産前・産後のすべてがわかる安心ガイド』
ママのための帝王切開の本―産前・産後のすべてがわかる安心ガイド

ママのための帝王切開の本―産前・産後のすべてがわかる安心ガイド

 

 

病院の出産準備教室でもあまり説明の聞けない帝王切開について、詳しく説明している。心の準備になる一冊。

(しかし、こういう情報はしかるべき機関がまとめて、アクセスしやすくしておくべきでは?とも思う。)

 

2. 体験記

2-1. はるな檸檬『れもん、うむもん!−そして、ママになる−』
れもん、うむもん! ―そして、ママになる―

れもん、うむもん! ―そして、ママになる―

 

 

コミックエッセイでスラスラ読める。辛かったこと苦しかったことも包み隠さず書いて、「今辛いんだ」という思いに寄り添ってくれる。赤ちゃんの絵がすごく特徴を捉えていて、「え、ここに描かれているのうちの子?」って勘違いしそうになる。

 

2-2. 田房永子『ママだって、人間』
ママだって、人間

ママだって、人間

 

 

こちらもコミックエッセイ。湧き上がる疑問や気持ちの浮き沈みをしっかり捉えている。いざ妊娠すると、ぼやかされてしまう性の問題にもかなり言及されている。

続編の『お母さんみたいな母親にはなりたくないのに』もおすすめ。

 

2-3. 本多さおり『赤ちゃんと暮らす〜収納・家事・スペースづくり・モノ選び』
赤ちゃんと暮らす~収納・家事・スペースづくり・モノ選び

赤ちゃんと暮らす~収納・家事・スペースづくり・モノ選び

 

 

人気の整理収納アドバイザーによる妊娠出産子育ての記録。物や住まいにフォーカスした体験記本は珍しい。一人の経験に偏らないように、複数のママの声を取り上げている。アウトドア用の机を家具として使うのは目から鱗

 

2-4. 川上未映子『きみは赤ちゃん』 
きみは赤ちゃん (文春文庫)

きみは赤ちゃん (文春文庫)

 

 

人気作家によるエッセイ。スラスラ読めるし、何なら自分の経験が、著者の言葉で上書きされそうな勢いだったので、少し読んでは忘れた頃に再び手に取るを繰り返した。(私は川上未映子の文章を一気に摂取できない体質らしい。)

 

2-5. 若林理砂『マタニティ古武術
マタニティ古武術

マタニティ古武術

 

 

お腹の大きな妊婦や産後のお世話に役立つ古武術の動きやマッサージ方法も載っているのだけれど、どちらかというと「古武術使いの妊娠出産記」と言った趣旨の本。同著者の『痛くない体の作り方』(光文社新書)は面白かったけれど、この本は、n=1でそこまで言い切るの?と思うシーンも多くてモヤモヤ。

 

3. 雑誌・ムック

3-1. 「はじめてのたまごクラブ」(ベネッセ)

st.benesse.ne.jp

 

 早くからつわりが始まっていたので付録のマタニティマークが欲しくて購入。しかし、コラボしないといけない制約でもあるのか、「おなかに赤ちゃんがいます」マークは片面にしか付いていない(裏面はブランドのロゴ)。

「見せたく無いときは裏面にすれば隠せる」のがウリらしいけれど、見せたく無い時はストラップごとカバンの内側に仕舞うから!見せたいときに上手く表に向けられるとも限らないから!という非常にもどかしい一品。

マタニティマーク自治体が配布しているけれど、もらえるのは、母子手帳の交付手続きをする時。母子手帳をもらうには、病院で妊娠証明書を書いてもらう必要があり、この証明書を書いてもらえるのは妊娠10週目に入ってから。それより早くつわりが始まった初産の人にとって、マタニティマークが書店ですぐに手に入れられるのはありがたいのだけれど、色々言いたくなる仕様。)

 あと、パパ向けページに「つわりは二日酔いが毎日続いている状態」と書いてあるのを読んだ夫が「それは辛い」と言って優しくしてくれたのはよかった。

 

3-2. 「たまごクラブ」(ベネッセ)

st.benesse.ne.jp

夫婦の会話のきっかけの一助に。(まるで結婚情報誌のような使い方

最初は毎号買っていたのだけれど、紙面に登場する読者ママたちの意気込みについていけなくて途中でストップ。

 

3-3. 「Pre-mo」(主婦の友社

millymilly.jp

こちらは季刊雑誌。各季節毎の出産準備品の特集が参考になった。

上質なマタニティ・ベビーグッズメーカーの広告が沢山載っているけれど、紙面の読者はしっかり西松屋で買い物をして、もらえるものはもらっていたので安心した。

 

3-4. 「LDK with Baby」(晋遊舎)※現在は同社の「ベビー用品完全ガイド」が後継にあたる模様

www.shinyusha.co.jp

育児に関する商品はどのようなものがあって、どういう機能に着目すればいいのかまとめて見られるので便利。

ネット上の使用してみた感想などとあわせてみるといいと思う。

今出ている「ベビー用品完全ガイド」は改訂されているかもしれないけれど、私の読んだ「LDK with Baby」で気になった点を念のため書いておく。

チャイルドシート国交省がアセスメント結果を公表しているのだが、そのことに触れていない。

・生理用ナプキンは産褥パッドの代わりになると紹介されているが、悪露と経血は違うので専用の商品を使った方がいい(個人の感想)

 

 

後から思えば、こんなに沢山読まなくても良かったのだけれど、当時の私にとってこれらの本は、安産祈願のお守りみたいなものだったのだろう。本は神社に返しに行かなくていいし、気軽に手放せるけれど、その気になれば際限なく買ってしまうのが難点。

 

ちなみに、入院中に読んだ本の話はこちら

 

部屋と収入と私-ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』

部屋と収入

 

新しい家族を迎えて、自分専用の部屋がなくなった。

育児休業で収入はなくなり、長く休んでいるので給付金の受給期間も超えてしまった。

 

「女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない」

小説を書く予定はないけれど、自分だけの部屋と稼ぎを手放した今は、ヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』を読む時なのだと思った。

 

これまでウルフの作品を手にしたことは無かったが、「早稲田文学増刊 女性号」(感想はこちら)に掲載されていたエッセイ調の短編小説が面白く、この人と連れ立って歩くと楽しそう!と思ったので、彼女のお喋りに慰めてもらうことにした。

 

 

自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー)

自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー)

 

 

 

ヴァージニア・ウルフはこわくない

 

ヴァージニア・ウルフ?難しそう!」という印象を勝手に抱いていたが、流れるような文体はこちらの手を握って、あちこちに案内してくれる。訳文が自然で、親切な訳注も解説もあるので、非常に親しみやすい。(おそらく英語で読んだら私にはまったく歯が立たないし何なら欠ける。)

 

「女性と小説(fiction)」という講演の題を振られて、ウルフはこう答える。

「わたしにできるのは、せいぜい一つのささやかな論点について、<女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない>という意見を述べることだけです。」

そして、この意見にたどり着くまでの二日間として、メアリー・ビートンという架空の女性に託した話が始まる。

 

有名大学の構内と昼食会、女子大学とそこでの夕食に訪れるという一日を経て語り手は疑問を抱く。

「なぜ男性はあれほど裕福なのに、女性はあれほど貧乏なのか?」

翌朝、彼女は疑問の答えを求めて大英博物館(内の図書館)へ行く。そこには男性たちによって書かれた女性についての本がたくさんあるが、全く参考にならない。

語り手は自分の部屋に帰り、歴史書を紐解くことにしたが、女性についての言及がなく、過去の女性の様子はわからない。そこで、想像力を働かせ、16世紀の詩才のある女性のことを考えるが、どう考えても幸せであったとは思えない。

次に、過去の女性作家の作品を次々に手に取り、想いを巡らせる。彼女たちには中断の入らない個室と見聞を広めるのに十分な収入がなかった。

そして、語り手と同時代の女性作家の  作品(架空)を読み、未来に想いを馳せる。

最後はウルフが登場し、聴衆の若い女性に向かって希望を語りかける。

 

というのがざっくりとした筋だが、要約すると面白さがこぼれ落ちてしまう。とにかく次々に流れてくる文章が楽しいのだ。そして、90年前と思えない今日的な疑問や指摘にハッとさせられる。

 

気になったフレーズなど

 

名言だらけでもっと有名なフレーズもあるのだけれど、個人的に琴線に触れた箇所をいくつか本の中の登場順に取り上げてみる。(原文の参照元Project Gutenberg Australia

 

「美味しく食べていなければ、うまく考えることも、うまく愛することも、うまく眠ることもできません。」

One cannot think well, love well, sleep well, if one has not dined well.

 

これ現代の有名人が呟いたら何千単位でリツイートやいいねがつくやつだ!

 

 

「想像上の女性は第一級の要人なのに、現実には完全に軽んじられています。詩においては全編にわたり登場するのに、歴史においては存在していないのに等しいのです。」

 

現代の人文学研究では当たり前のことなのだろうけれども、ついつい忘れがちなこと。

 

 

「これは世界が始まってこのかた、見たことのない光景だとわたしは叫びました。そしてまた、わたしは興味津々で見守りました。女性だけのとき、男性によって勝手に色づけされた光に照らされていないとき、女性はいまもって記録されたことのないようにふるまい、いまもって語られたことのない、あるいは半分しか語られたことのない言葉を口にするものです。」

 

架空の小説に対して熱くなる語り手とても良い。(女性が女性を好きになるシーンに対する感想。)

 

 

「知的自由はつねに物質的なものに支えられています。詩はつねに知的自由に支えられています。そして女性はこれまでつねに貧乏でした」

Intellectual freedom depends upon material things. Poetry depends upon intellectual freedom. And women have always been poor

 

この文章は英語の参考書の<depend>の例文にしてほしい。え?<depend on>と紛らわしい?

 

 

「みなさんには、何としてでもお金を手に入れてほしいとわたしは願っています。そのお金で旅行をしたり、余暇を過ごしたり、世界の未来ないし過去に思いを馳せたり、本を読んで夢想したり、街角をぶらついたり、思索の糸を流れに深く垂らしてみてほしいのです。」

 

上手なお金の使い方。何なら家庭科の教科書に載せてほしい。

 

 

「女は女に手厳しいものだ。女は女が嫌いなものだ。女はでも、こんな言葉はなくなってほしいと思うくらい、みなさんはこの言葉にうんざりしていませんか?じつはわたしがそうなのです。(中略)わたしはしばしば女性を好きになります。型にはまっていないところを好きになります。完全性を好きになります。名声を得ようなどと思わず、無名でいるところも好きになります。」

 

うんざりするよね!90年後の今も無くなってくれていないです!

この本ではしばしば、「百年も経てば」とか「あと百年」「一世紀後」と未来を展望しているけれど、ごめんなさいという気になることもしばしば

 

 

お金は大事だよ

 

 収入がしばらく絶えることもあり、この年末年始はずっとお金のことを考えていた。お金に関する実用書ばかりに目を通していてはつまらないので、うるおいを求めて『自分ひとりの部屋』を手に取った。

 

 作中にどのようにお金を工面するかの話は出てこない。語り手は「本当に、固定収入があるだけでこんなに気分が変わるなんて驚きだ。この世のどんな力を使っても、わたしから五百ポンドを奪い取ることはできない。衣食住は未来永劫、わたしのもの。」と言っているが、この五百ポンドは遺産による収入である。遺産が入るようになるまでは、女性に開かれた仕事(やりたくないような仕事)でやっと稼いで生計を立てていたと書かれている。

 

 今の時代の女性は、当時よりも幅広い仕事に就けるし、仕事を通して十分な稼ぎを得ることもできる。でも、男女の賃金格差は大きいし、育児休業や短時間勤務を取得すると稼ぎは減るし、昇進も遅くなりがちである。結婚や出産を機に退職せざるを得ない場合もある。女性こそ、お金の知識を身につけて、資産を守ったり増やしたりすることを考えなければならないと痛感した。

 

 お金の心配ばかりしているのはつまらない。でも、ウルフがお金は大事だよって手を変え品を変え素晴らしい表現で言っているのを読むと、もうちょっと自分のためにも、誰かのためにも金銭的なことを頑張ってみようと思う。

つるつるハートの子守唄–姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』

素通りできなかった

 

姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』を読んだ。東大生による強制わいせつ事件に着想を得た小説である。

 

彼女は頭が悪いから

彼女は頭が悪いから

 

 

 

この本を知ったのは、文藝春秋オンラインに掲載されていた書評で、出版社の紹介ページを覗いてみたら、こんな煽り文句に出くわした。

 

すべての東大関係者と、東大生や東大OBOGによって嫌な思いをした人々に。娘や息子を悲惨な事件から守りたいすべての保護者に。スクールカーストに苦しんだことがある人に。恋人ができなくて悩む女性と男性に。

文藝春秋BOOKSより)

 

心当たりが複数あるので、これは読んでおかなければと思ったが、読むのが怖いという気持ちもせめぎあって、買ったはいいが寝かせてあった。しかし、もう年末なので、今年買った本は今年の内にと思って読んだ。

 

タイトルからして強烈なのだが、嫌な気持ちや自分の中の偏見や優越感、劣等感を浮かび上がらせる歯垢染色液のような物語だった。

 

ひたすら曇天な物語

 

姫野カオルコといえば、過去のエピソードをものすごく巧みに構成していく作家、というのが私の中での印象だ。

今作も、被害者となる美咲、そして彼女が好意を寄せていた加害者のつばさを中心に、事件に至るまでの彼らの生い立ち、生活の描写が連なっていく。

 

郊外の普通の家庭で育った中学生の美咲の、のんびりとした「ごくふつうの女の子」の日常から物語は始まる。

彼女はやがて高校、大学へと進学し、周りの恋愛模様に翻弄されつつ日々を過ごしている。

 

都心の教育熱心な家庭で育ったつばさは、傍目から見るとストレスフルな日常を送っている。

他人のことはどうでもよく、小馬鹿にしている。そして、自分もあくまで「東大生」の肩書きで扱われているとの意識を強めていく。

彼の周りの男子学生たちも同様に高いプライドをもって、他人を馬鹿にしている。

 

作者は、若者の残酷な自意識を残酷に書く。

無自覚に無意識に浴びてきて、自分も吐き出していたかもしれない偏見に冷や汗が出る思いをする。

いずれ事件が起こることはわかっているのだが、どうか出会わないでほしいと思いながら読み進める。事件が起こるのは、物語の後半だ。

終盤、一筋だけ光明が差すが、ひたすら救いのない話が続く。

 

よくまあこの嫌な物語を描ききったなと舌をまく。

やや大時代的な比喩も登場するものの、そこは姫野節といったところか。

 

つるつるハートの子守唄

 

この話の肝は、つばさの心の有り様を説明しているこの点ではないかと思う。

 

「ものごころついたときから今日まで、引け目というものをほとんど感じた経験がなく、心がぴかぴかしてつるつる」

 

ぴかぴかでつるつるのハートが、他人の気持ちを想像することができず、残酷さがエスカレートして、悲惨なことを招いた。

そしてこの残酷さを有するのは、何もつばさや共犯の東大生だけではない。

 

そんなにおれ(我が子)が悪いのか、と言わんばかりで、美咲の心情を慮ることのできない犯人と親達。インターネット上で被害者への誹謗中傷を書き込む人々。

ぴかぴかつるつるハートは、東大や若い男性だけの問題ではない。

では、この心の形を変えるにはどうすればいいのか。

 

その方法の一つは、本を読み、他人を知ることだと思う。

と言っても、作中人物の國枝が出版している『東大生が教えるムダのない24h』のような本では無い。

 

そんな効率性からは遠く離れた、一見ムダのような、読むのに時間がかかり、ぴかぴかつるつるハートとは離れたところにいるような人が出てくる本だ。そしてそれは文学の担うところだ。

 

「人文について考察したり思慮したりするような下級なことはしない」と今作の文中で皮肉めいて書かれているその「下級なこと」である。

 

物語を読んでいるからって偉いということは無いし、読んでいたって他人を傷つける人はいる。そもそも人に優しくするために読むものでもない。

 

ただ少し、少しだけ自分のハートを物語に差し出して、他人へのひっかかりをつくる。そのささやかな営みがもしかしたら、凄惨な事件を起こしてもなお輝くハートの形を変えてくれるかもしれない。そんな祈りである。

 

物語の最初の方のエピソードにこんな話が登場する。つばさが高校生の頃、彼に想いを寄せる女子が、北原白秋の詩を引用して、思わせぶりなメールを送りつけてくる。

平成生まれが北原白秋を使った遠回しな告白などしないだろうとツッコミたくなるが、最後まで読むと、あれは若者のまどろっこしい不器用な自意識と文学的情緒など全く解さない心の象徴だったのかなと思う。

(白秋だから「にくいあん畜生」って遠回しに言っているという解釈は流石に飛躍か。)

 

ぜひ読んで、と勧めたい本ではない。

読めば嫌な気分になること請け合いだ。

読み手が若ければ若いほどショックを受けるのではないかと思う。

それでも素通りできない何かを感じている人は、読むといい。

見て見ぬふりをしているあなたの一部が浮かび上がるから。

 

大きな鳥にさらわれたかのよう−川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』

生殖の未来の物語

 人口減社会に関する本を読んでいて(こちらのエントリ)、そういえば、未来を書いたSFって、技術の発展や思想統制の話はあっても、人口減って見かけないよねとふと思ったけれど、以下の記事を読んで、ただの思い込みにすぎないと知った。

 

ディストピア小説には、大きくわけてみっつの方向性があり、ひとつは『一九八四年』や『すばらしい新世界』系の、行き過ぎた全体主義・管理社会下にある人間の意識の変容を描き出すタイプ。ふたつめは、現在の現実世界であっても状況によっては成立してしまう、むきだしになった人間の暴力性を描くもの(後述の、ゴールディング『蠅の王』はそれにあたる)。そしてみっつめは、とりわけ人類の出産にまつわる問題を中心的主題に据えた、いわば女性と生殖の物語の系譜である。

 

江南亜美子「いまこそ読みたい、ディストピア小説8冊 」(i-D)

 

 そこで、記事で紹介されていた作品のうち、川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』を読んでみることにした。理由は、鳥が表題になっているというそれだけ。

 

大きな鳥にさらわれたかのよう

 

大きな鳥にさらわれないよう

大きな鳥にさらわれないよう

 

 

 本書には、14の連作短編が収められている。連作と言っても、前の話とつながりのあるものもあれば、関係がよくわからないものもある。最後まで読み進めていくと、全貌が分かる。

 それぞれの話は一人称で語られるもの、あるいは三人称で一人の人物に焦点を当てているものがほとんどで、「私的」という言葉がよく似合う。

 

 最初の「形見」では、人々は、動物由来の細胞を使って、工場生産されている。次の「水仙」では、「私」が「私」を迎えるところから始まる。三番目の「緑の庭」は、リエンという名の女の子の話。その次の「踊る子供」にもリエンは登場する。

 

 それぞれのエピソードは時代も場所も異なるらしいが、どうも人類は減少して、いくつものグループに分かれて暮らすようになっている。種の有り様も集団によってだいぶ異なるようである。「見守り」という役目の人々がいて、彼らは「母たち」に育てられている。この「母」は、生殖を行う女性とはまた違った存在のようであると少しずつ読み進めていくうちに、分かることもあれば、新たな謎も溜まっていく。

 

 管理され、生殖に重きを置いた社会において、どうしても現れる個性、踊る心、慈しむ相手、喪う悲しみ、争い、自分と異なるものへの恐れが描かれている。壮大な物語は、一人ひとりの人間の物語によって紡がれる。

 

 表題の「大きな鳥にさらわれないよう」は、表題作の登場人物による言葉である。大きな鳥が何なのか、この人物は示さないし、作中にはっきりと示されるわけではない。本作が神話的な物語であることをほのめかしているのかもしれない。ただ、私には、「大きな鳥にさらわれないよう」は読者に対しての言葉のように思えた。

 

 読者はこの本を開くと、大きな鳥に肩を掴まれ、一つ一つの小さな物語を鳥瞰するように旅をしていく。

 飛び飛びに一体何を見せられているのか、これは本当に未来の地球の話なのか、この話はどこへ行くのかと思うと、終盤、鳥は急に爪を立てて、ぞくっとくるエピソードを示す。これは、ありえるかもしれない未来なのだ。そして、最後の物語を見届けた読者は、世界を確かめようと鳥から離れ、もう一度、物語世界に落ちていく。

 これは、そういう形の物語ですよ、覚悟してくださいね、と表題が示唆していたような気がしたのだ。

 

 

そして想起されてしまう鳥とその系譜の物語

 『大きな鳥にさらわれないよう』を最後まで読んで、頭にちらついた鳥がいる。手塚治虫の「火の鳥」だ。『火の鳥 未来編』との共通点と差異が頭の中に浮かぶ。

 

火の鳥 2未来編 (角川文庫)

火の鳥 2未来編 (角川文庫)

 

 

 何がどう同じで違うかを書くとネタバレになるのだが、もしかして、これは川上弘美の「火の鳥」だったのかしらという気がする。ついでにいうと、色んな人生を見せられる構成は、「鳳凰編」の我王や茜丸みたいに、これがあなたがたの未来の姿、子孫の姿ですよ、と見せられているみたいだった。あくまでこじつけの個人の感想だけれど。

 

 『火の鳥 未来編』といえば、施川ユウキ『銀河の死なない子供たちへ』をまだ読んでいなかったなと思って、この機会に読んでみた。

 

 

 

 この作品は、作中に『火の鳥 未来編』(角川文庫版)を読んでいる描写があり、手塚治虫へのオマージュだと思われる。

 人間がいなくなった地球に生きる不老不死の母と二人の子供。生きている人間を探す子供らはある日、宇宙から落ちてきて、出産して息絶えた女性の娘、ミラを育てることになる。

 世界を広げて成長するミラと変わらない二人。二人は何をして、どこに行ったらいいのか。ミラを失った二人は、答えを出す。

 

 凄まじい話が、ほんわかとした絵柄で描かれる。上巻は日常的だが、下巻の展開に心を揺り動かされる。特に、二人の母とミラが対峙するシーンの迫力はすごい。施川作品は室内で展開する『バーナード嬢曰く。』しか読んでいないので、自然の、そして星空の描写に驚いた。(関係ないけれど、私のkindle端末のスリープ画面にいる望遠鏡を構えている女性の絵、この話のイメージとすごくよく合う。)

 

 そういえば、『大きな鳥にさらわれないよう』は、あくまで地表で展開する物語だった。『火の鳥』や『銀河の死なない子供たちへ』のように、宇宙は絡んでこない。川上作品の人類は、宇宙開発を諦めたというか、諦めざるを得ないほど衰退してしまったのかな

 

 さておき、スケールの壮大な話を読んで、勝手にあれこれ想像するのは楽しかった。これがささやかな生活を送る私のささやかな感想。

もっと読みたくなる−「早稲田文学増刊 女性号」

今と今に連なる作品を読む

 2017年の秋に発行された「早稲田文学増刊 女性号」をこの秋、少しずつ読み進めてきた。書き下ろしが大半で、再録作、翻訳作品も含めて小説、詩、俳句、短歌、エッセイ、評論と幅広いジャンルの「女性と表現」をテーマにした女性の書き手の作品が読める。意欲的なアンソロジーで、作品の掲載はないものの外せない作家については、後半の評論やブックガイドで捕捉されている。

 

早稲田文学増刊 女性号 (単行本)

早稲田文学増刊 女性号 (単行本)

 

 

 読んでいる間はまるで、展覧会に足を踏み入れたようだった。会期は気にせず、好きな時に好きなように鑑賞できて、好きなだけ作品に没頭できる。絵画や彫刻ではなく、印刷物だからそれは当たり前なのだけれども、一つ一つを渡り歩く感覚が楽しくて、川上未映子がキュレーションした「女性と表現」展に何度も足を運ぶ気分で読んでいった。

 

 知らなかった作家や作品、読んだことのある著者の書き下ろしに驚き、知っている作品との再会に喜び、たっぷりと表現の世界を堪能して思ったのは、今まさに活躍している作家の作品も楽しもうということ。

 

 私はもともと、話題の本はあまり手に取らず、どちらかといえば、見過ごしてきた本があるのでは、と思って過去の作品を読むことが多かったのだが、今の作品、今の表現、めちゃくちゃ面白いではないか、あの作家、この作家、もっと読んでみたい!と興味を惹かれることの連続だった。

 

 過去の作品に目の向きがちな自分に、今の作品も楽しいよ、あなたは今の作品も十分に楽しめるよ、と背中を押してもらって私はこの分厚い会場を後にした。そして最近は、少し意識的に、ここ何年かに出た小説を手に取って、「今」にとどまらない世界に浸っている。

 

気になった作品

 特に何か言いたくなった作品について一言二言。7割くらいは既にtwitterでつぶやいたことだけれど流れてしまうのでここに再録して書き足し。

 全体の目次は早稲田文学のページに掲載あり。

 

エドナ・セント・ヴィンセント・ミレー(小澤英実=訳)

 私に作曲と演奏と歌唱の才能があったら、ミレーの詩に曲をつけてピアノで弾いて唄いたい。残念ながらどの才も無いのだが、鍵盤の和音の音がぴったりだと思った。

 翻訳がリズムを呼び起こしてくれたのだと思う。「人類への呼びかけ」を読んでいたら、なぜかコムアイ水曜日のカンパネラ)の声で脳内再生された。

  

■ルシア・ベルリン「掃除婦のための手引き書」(岸本佐知子=訳・解説) 

 ハードボイルドな作品。

 解説で触れられていた5パラグラフ作品の画像を見かけて読んでみたら、”like in Mishima where it takes three pages to take off the lady's kimono"って喩えが出てきて笑った。1ページ作品にこの文を入れるセンス!

 

佐藤文香「神戸市西区学園東町」

 幼少期の名前の呼ばれ方を題材に選ぶセンスが良い。「FEEL YOUNG」あたりの漫画と同じような匂いがする。

 他の俳句作品の人選もこの方が手がけたのかなと思った。

 

■イーユン・リー「かくまわれた女」(篠森ゆりこ=訳)

 根無し草のベビーシッターの話。赤ちゃんと赤ん坊の二通りの表記、元の語はbabyとinfantなのかな。赤ちゃんの性別が書かれていないのが興味深い。

 ルシア・ベルリンやジーン・リース樋口一葉の作品など、再録作品は、居場所の定まっていない主人公の話が多い気がする。 

 

■左川ちか

  詩人。旧仮名遣いで書く若い人かと思ったら80年ほど前の若い人だった。

 「海の花嫁」の中の「悪い神様にうとまれながら」の一節にぐっときた。自分の中で勝手にファンタジーが沸き上がってくる。

 

■イ・ラン「韓国大衆音楽賞 トロフィー直売女」(Ko Younghwa=訳) 

 韓国の女性アーティストが経験した炎上についてのエッセイ。かっこいい人である。この人に原稿を依頼した人もかっこいい。

 

堀越英美「女の子が文学部に入るべきでない5つの理由」

  笑った。中学3年生の頃の自分に読ませたい。この文章を笑った上で人文系に進学しよう。

 著者の『女の子は本当にピンクが好きなのか』も併せて、女子のキャリアを考える上での必読文献。

 

■永瀬清子

 掲載作のうち、「そよ風のふく日に」では、産後の日々をこう表している。

"働ける日の幸福を待ちながら

しばらく憩ふ時間のきれいな水たまり"

 澄んだ水で顔を洗ったみたいに気持ちが引き締まる。

 少し自分の好みとは違う詩人だと思っていたが、自分が育児に翻弄されている今、この人の言葉が必要なのかもしれない。

 

川口晴美「世界が魔女の森になるまで」

 あ、これ、読みたかったものだ。と作者も作品のことも知らなかったけれど思った。この作品を読んでいる時、私は森にいる。

 実は自分がこのような作品を求めていたと思えるのはアンソロジーの醍醐味。

 

■古谷田奈月「無限の玄」 

 死んでもまた現れる父親を巡る家族の話。女性不在の中、家族、生活、故郷、生への執着などが描かれる。

 この物語はどこに辿り着くのか、どこに連れて行かれるのか、まるで月夜に迷子になったよう。最後のシーンがこびり付く。

 一読した後なぜか「こいつらこの地にしか生えない茸の化身か何かか」という謎の感想が浮かんだ。多分、月夜野という地名のせい。

 

ヴァージニア・ウルフ「ロンドン散策–ある冒険」(片山亜紀=訳・解説) 

 自分が「わたしたち」の一人として、ウルフの同伴者になったつもりで読むとすごく楽しい。気持ちや考えが溢れてしょうがない物書きの友人と1920年代のロンドンを歩く錯覚に陥る。 

 ウルフはこれまで読んだことなかったけれど、読もう。今の私はけっこう切実に「自分ひとりの部屋」の必要性を感じている。子育てが終わるまで無理そうなのだけれど。

 

村田沙耶香「満潮」

 これが私の初めて触れる村田作品だったのだが、この作者は、いったい幾つの世界に辿り着いているのだろうかとため息をついて、『殺人出産』を読んでまたため息。読み進めたい作家。次は『コンビニ人間』だ。

 

■盛可以「経験を欠いた世界」(河村昌子=訳・解説)

 女のあわよくばと思う内面と動悸を書く。唐突に安野モヨコハッピーマニア』を思い出した。エネルギーの渦巻いている感じが好き。

 

■今村夏子「せとのママの誕生日」

 ブラックな笑いをもたらすヘンテコな作品。どうして今まで今村夏子を手に取らなかったんだろうと後悔した。

 

■チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ「イジェアウェレへあるいは十五の提案に込めたフェミニストマニフェスト」(くぼたのぞみ=訳)

 ”フェミニストとして前提にしなければいけないのは、自分は対等に大切なんだということ”

 女児を産んだ友人への手紙。これ、翻訳の単行本出たらいいギフトになるだろうなぁ。

 若い母親に向けたアドバイスって、日本だと西原理恵子が筆頭で、波乱万丈を生き抜いてきた西原節も面白いのだけれど、こういうしなやかなに女性の成長をエンパワメントする文章にも側にいてほしい。

 

 さあ、次は何を読もうかな。

少子化に対するイメージを棚卸しする−内田樹編『人口減少社会の未来学』

気になってしょうがない

 

子どもが生まれてからというもの、未来について書かれた本が気になってしょうがない。

まず、昨年刊行されて話題になった、河合雅司『未来の年表』とその続編『未来の年表 2』を読んだ。

 

 

 

 

 

人口予測に基づいて書かれているので、本書の指摘は、ある程度、現実のことになるだろう。

少子高齢化によって引き起こされること、すでに問題となっている空き家の増加、人手不足はもちろんのこと、手入れが行き届かないために虫害や災害が発生するなどのメンテナンスの問題も触れられている。

また、30年後には世界的な人口増を受けての食糧不足などが予想されている。

 

この2冊を読んで、インフラのメンテナンスとは向き合わなければならないし、食扶持の確保は、金銭面でも食糧面でもどうにかしなければならないと感じた。

ただ、技術の進歩や社会システムの変化の予測は難しいとはいえ、今の時代を前提として書かれているので、その点は物足りなくも思った。

もっと、いろんな人の見解を知りたくなったので、今度は内田樹編『人口減少社会の未来学』を手に取った。

 

人口減少社会の未来学

人口減少社会の未来学

 

 

 

今のシステムは続かない

 

本書は編者を含む11名が人口減少社会に対するそれぞれの見通しを書いている。

タイトルと著者は以下の通り。

 

・序論 文明史的スケールの問題を前にした未来予測 内田樹

 

ホモ・サピエンス史から考える人口動態と種の生存戦略 池田清彦

 

・頭脳資本主義の到来―AI時代における少子化よりも深刻な問題 井上智

 

・日本の人口減少の実相と、その先の希望シンプルな統計数字により、「空気」の支配を脱する 藻谷浩介

 

・人口減少がもたらすモラル大転換の時代 平川克美

 

・縮小社会は楽しくなんかない ブレイディみかこ

 

・武士よさらばあったかくてぐちゃぐちゃと、街をイジル 隈 研吾

 

若い女性に好まれない自治体は滅びる「文化による社会包摂」のすすめ 平田オリザ

 

・都市と地方をかきまぜ、「関係人口」を創出する 高橋博

 

少子化をめぐる世論の背景にある「経営者目線」 小田嶋 隆

 

・「斜陽の日本」の賢い安全保障のビジョン 姜尚中

 

各人の分野や見通しのスケールはそれぞれだが、共通しているのは、今のままのシステムや考え方は通用しないということ。

特に面白かったのは、藻谷、平川、ブレイディの各氏。

また、自らの取り組みを交えて未来を考えた隈、平田、高橋の各氏の論も興味深い。

 

藻谷浩介は、少子化に対する思い込みを解きほぐす。

高齢化が深刻なのは地方よりも都会の方であり、地方の少子化も都会への流出が主原因ではないと統計を基に述べる。出生率の上昇には、生活環境の是正が必要だと訴え、地方での子育てに活路を見出している。

都会で仕事にありついている身からしてみれば、地方で子育てするということは、仕事をあきらめるということか?地縁の無い人間はどうする?と次々と心配になってくるが、そのあたりは平田オリザが丁寧にカバーしている。

 

平川克美は、損得勘定で人口減少を捉えることが問題であると指摘する。

現在の状況は市場化のモラルによってもたらされたものであり、そのモラルを変えることが、人口減少への歯止め、あるいは定常化した社会へのソフトランディングの鍵となると述べる。そして、そのヒントは無償贈与、有縁共同体、社会共通資本の再生にあると結ぶ。

 

ブレイディみかこは、下り坂をあえて上ると言う。

緊縮財政が欧州に及ぼしている負の影響を例示し、一国の財政を家計感覚で考えるのは間違っていると指摘する。若い世代が萎縮することのないように、未来のために積極的に投資を行うべきと主張する。

デフレと緊縮財政がナチスを生んだという話には、ひやりとするものがあった。

 

 

少子化に対する思い込みに気づかされる

 

書き手は何故か一人を除いて男性だが、少子化は女性のせいではないという指摘が散見されたのが嬉しい。

 

・女性が産まないのではなく、男性が結婚せず、子育てにも協力しないからこその少子化(藻谷)

・女性が子どもを産まなくなっているというのは、嘘である。(平川)

 

この先がどうなっていくか、誰もはっきりとはわからない。

人口減少社会の訪れは、数十年前から既に始まっていたことではあるけれど、議論はまだまだこれからなのだろう。

本書もいろんな意見が一冊になっていて、個人が具体的に何をすればいいということが書かれているわけではない。

ただ、少子化は悪いことで、女性のせいでそうなって、どうしようもないから支出は減らします、という世間のイメージに、そうだよね、仕方ないよねとなんとなく追随していたら、ぜひ読んでほしい。