すみながし

引っ越しを控えているのに本棚は減らせないまま増える一方

部屋と収入と私-ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』

部屋と収入

 

新しい家族を迎えて、自分専用の部屋がなくなった。

育児休業で収入はなくなり、長く休んでいるので給付金の受給期間も超えてしまった。

 

「女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない」

小説を書く予定はないけれど、自分だけの部屋と稼ぎを手放した今は、ヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』を読む時なのだと思った。

 

これまでウルフの作品を手にしたことは無かったが、「早稲田文学増刊 女性号」(感想はこちら)に掲載されていたエッセイ調の短編小説が面白く、この人と連れ立って歩くと楽しそう!と思ったので、彼女のお喋りに慰めてもらうことにした。

 

 

自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー)

自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー)

 

 

 

ヴァージニア・ウルフはこわくない

 

ヴァージニア・ウルフ?難しそう!」という印象を勝手に抱いていたが、流れるような文体はこちらの手を握って、あちこちに案内してくれる。訳文が自然で、親切な訳注も解説もあるので、非常に親しみやすい。(おそらく英語で読んだら私にはまったく歯が立たないし何なら欠ける。)

 

「女性と小説(fiction)」という講演の題を振られて、ウルフはこう答える。

「わたしにできるのは、せいぜい一つのささやかな論点について、<女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない>という意見を述べることだけです。」

そして、この意見にたどり着くまでの二日間として、メアリー・ビートンという架空の女性に託した話が始まる。

 

有名大学の構内と昼食会、女子大学とそこでの夕食に訪れるという一日を経て語り手は疑問を抱く。

「なぜ男性はあれほど裕福なのに、女性はあれほど貧乏なのか?」

翌朝、彼女は疑問の答えを求めて大英博物館(内の図書館)へ行く。そこには男性たちによって書かれた女性についての本がたくさんあるが、全く参考にならない。

語り手は自分の部屋に帰り、歴史書を紐解くことにしたが、女性についての言及がなく、過去の女性の様子はわからない。そこで、想像力を働かせ、16世紀の詩才のある女性のことを考えるが、どう考えても幸せであったとは思えない。

次に、過去の女性作家の作品を次々に手に取り、想いを巡らせる。彼女たちには中断の入らない個室と見聞を広めるのに十分な収入がなかった。

そして、語り手と同時代の女性作家の  作品(架空)を読み、未来に想いを馳せる。

最後はウルフが登場し、聴衆の若い女性に向かって希望を語りかける。

 

というのがざっくりとした筋だが、要約すると面白さがこぼれ落ちてしまう。とにかく次々に流れてくる文章が楽しいのだ。そして、90年前と思えない今日的な疑問や指摘にハッとさせられる。

 

気になったフレーズなど

 

名言だらけでもっと有名なフレーズもあるのだけれど、個人的に琴線に触れた箇所をいくつか本の中の登場順に取り上げてみる。(原文の参照元Project Gutenberg Australia

 

「美味しく食べていなければ、うまく考えることも、うまく愛することも、うまく眠ることもできません。」

One cannot think well, love well, sleep well, if one has not dined well.

 

これ現代の有名人が呟いたら何千単位でリツイートやいいねがつくやつだ!

 

 

「想像上の女性は第一級の要人なのに、現実には完全に軽んじられています。詩においては全編にわたり登場するのに、歴史においては存在していないのに等しいのです。」

 

現代の人文学研究では当たり前のことなのだろうけれども、ついつい忘れがちなこと。

 

 

「これは世界が始まってこのかた、見たことのない光景だとわたしは叫びました。そしてまた、わたしは興味津々で見守りました。女性だけのとき、男性によって勝手に色づけされた光に照らされていないとき、女性はいまもって記録されたことのないようにふるまい、いまもって語られたことのない、あるいは半分しか語られたことのない言葉を口にするものです。」

 

架空の小説に対して熱くなる語り手とても良い。(女性が女性を好きになるシーンに対する感想。)

 

 

「知的自由はつねに物質的なものに支えられています。詩はつねに知的自由に支えられています。そして女性はこれまでつねに貧乏でした」

Intellectual freedom depends upon material things. Poetry depends upon intellectual freedom. And women have always been poor

 

この文章は英語の参考書の<depend>の例文にしてほしい。え?<depend on>と紛らわしい?

 

 

「みなさんには、何としてでもお金を手に入れてほしいとわたしは願っています。そのお金で旅行をしたり、余暇を過ごしたり、世界の未来ないし過去に思いを馳せたり、本を読んで夢想したり、街角をぶらついたり、思索の糸を流れに深く垂らしてみてほしいのです。」

 

上手なお金の使い方。何なら家庭科の教科書に載せてほしい。

 

 

「女は女に手厳しいものだ。女は女が嫌いなものだ。女はでも、こんな言葉はなくなってほしいと思うくらい、みなさんはこの言葉にうんざりしていませんか?じつはわたしがそうなのです。(中略)わたしはしばしば女性を好きになります。型にはまっていないところを好きになります。完全性を好きになります。名声を得ようなどと思わず、無名でいるところも好きになります。」

 

うんざりするよね!90年後の今も無くなってくれていないです!

この本ではしばしば、「百年も経てば」とか「あと百年」「一世紀後」と未来を展望しているけれど、ごめんなさいという気になることもしばしば

 

 

お金は大事だよ

 

 収入がしばらく絶えることもあり、この年末年始はずっとお金のことを考えていた。お金に関する実用書ばかりに目を通していてはつまらないので、うるおいを求めて『自分ひとりの部屋』を手に取った。

 

 作中にどのようにお金を工面するかの話は出てこない。語り手は「本当に、固定収入があるだけでこんなに気分が変わるなんて驚きだ。この世のどんな力を使っても、わたしから五百ポンドを奪い取ることはできない。衣食住は未来永劫、わたしのもの。」と言っているが、この五百ポンドは遺産による収入である。遺産が入るようになるまでは、女性に開かれた仕事(やりたくないような仕事)でやっと稼いで生計を立てていたと書かれている。

 

 今の時代の女性は、当時よりも幅広い仕事に就けるし、仕事を通して十分な稼ぎを得ることもできる。でも、男女の賃金格差は大きいし、育児休業や短時間勤務を取得すると稼ぎは減るし、昇進も遅くなりがちである。結婚や出産を機に退職せざるを得ない場合もある。女性こそ、お金の知識を身につけて、資産を守ったり増やしたりすることを考えなければならないと痛感した。

 

 お金の心配ばかりしているのはつまらない。でも、ウルフがお金は大事だよって手を変え品を変え素晴らしい表現で言っているのを読むと、もうちょっと自分のためにも、誰かのためにも金銭的なことを頑張ってみようと思う。