すみながし

引っ越しを控えているのに本棚は減らせないまま増える一方

どうなってるの、この島は?−シンガポールの来し方を読む

デザインされた国

シンガポールに観光に行ってきた。半ば成り行きの旅で、初めての上陸だった。

有名観光スポットをいくつか巡り、その豪華さに感嘆し、安くて美味しい中華料理に舌鼓を打ち続けていたのだけれど、私にとって最も印象的だったのは、ナショナルデザインセンターの"Fifty Years of Singapore Design" という小規模な展示だった。

2015年の建国50年を記念した常設展示(2021年末まで)で、10年ずつに分けて"Building a Nation", "Economic Boom", "New Technologies", "Going Global", "Looking Back, Looking Forward" という見出しで各時代の代表的なデザインがパネル展示されている。

そして、特に1965年からの10年間の解説を読んでいて「国をデザインする」という捉え方に少し鳥肌が立った。そうか、この国は意図的に、現代の技術をもって造られたのか……。

成り行きで何日か滞在しただけの国だけれど、俄然気になって、まずは岩崎育夫『物語 シンガポールの歴史』(中公新書)を開いた。

 

岩崎育夫『物語 シンガポールの歴史』
物語 シンガポールの歴史 (中公新書)

物語 シンガポールの歴史 (中公新書)

 

 この本は、シンガポールの来し方がよくまとまっていて、観光中に抱いた疑問も箇所も見つけられ、旅行のアフターフォローにぴったりだった。

旅行中に私が抱いた疑問と本書で見つけた答えは次の通り。 

Q1: ラッフルズという名前の建物が多いけれど誰?

A1: 寒村だったシンガポールの発展の基礎を築いた人物の名前。

Q2: チャイナタウン、リトル・インディアなどエスニシティに関する地名があるのはなぜ?

A2: イギリス植民地時代の名残。民族ごとに居住区が設定されていた。

Q3: 国立博物館に阿片窟の展示があるのはなぜ?

A3: イギリス植民地時代に、東インド会社が現地の人にアヘンを売り、利益を上げていた。

国立博物館の展示は、日本でいうと歴史民俗博物館が担っている内容。おそらく2015年にリニューアルされたものと思われる。展示で何を見せていて、何を見せていないのか、この本を読むとわかるので面白い。

Q4: シンガポール航空ってどんな企業?

A4: 政府系企業で、選りすぐりのエリートが就職している。

シンガポール航空の搭乗券の提示で、入場料が割引になる施設が結構ある。国立博物館までも入場料が割引になるのが不思議だったのだが、シンガポール航空が政府系企業だと知って納得。(ちなみに各施設のチケット売り場には割引のことは掲げられていないので、窓口で直接尋ねる必要がある。)

本書はとても読みやすく、観光だけでは見えてこない姿に驚かされるが、文化の記載については物足りなさを感じた。あとがきで「社会文化や普通の国民の意識や生活ぶりにはあまり触れられなかったと反省している」と筆者も認めていたので、次にkindleストアで見つけた映画史の本を読んでみた。

 

盛田茂『シンガポールの光と影:この国の映画監督たち』
シンガポールの光と影: この国の映画監督たち (インターブックス)

シンガポールの光と影: この国の映画監督たち (インターブックス)

 

 第一部は概説で、シンガポールの歴史とシンガポールの映画の歴史について述べられている。第1章の歴史部分については、先ほどの『物語 シンガポールの歴史』を先に読んでおくと頭に入りやすい。

第二部からが本番。各トピックの概説と関連する映画作品や監督へのインタビューで非常に読み応えがある。シンガポールの人々が社会をどう捉えているかということがうかがえる。

文化振興の名の下、文化経済政策な立場をとる政府の姿勢。そして、急速な発展、開発至上主義の陰にあるもの、言語政策がもたらしたもの、失われた文化、宗教、教育制度、徴兵制度、LGBT少子高齢化外国人労働者などの様相が、作品や監督の考えから紹介される。

検閲体制のもと、表現のラインを探りながら撮られた作品の数々にとても興味を惹かれる。私が一番気になったのは、ケルビン・トン監督のホラー映画『メイド 冥土』(2005年)。『物語 シンガポールの歴史』にも、外国人メイドに対する人権侵害(妊娠検査が義務付けられていて、妊娠が判明したら強制帰国)に触れられているが、本書に紹介されている監督の制作意図の文中の以下の文言に唸ってしまった。

「メイドはわずかな生活費を稼ぐため故郷から遠く離れ、いじめに苦しみながら一日中せっせと働かざるを得ない。これ自体がホラー映画のテーマになり得る。疎外感、見えざる危険そして無言の恐怖の基盤に立脚しているからだ。」

 筆者は時折、同じような問題点を抱える日本にも言及し、「多様性の尊重」を訴える。他人事のように思われるが、政府の思惑と庶民の思いと文化芸術は今まさに、日本でも看過できないトピックとなっている。

 

Ryan How 『Awesome art Singapore :10 Works From The Lion City Everyone Should Know』

表現規制があるとはいえ、観光客視点だと、子ども向けの展示やイベントも盛んで、アート教育には熱心だなぁと思わされる。ただ、技法的な部分に重きを置いているのかもしれない。

博物館では、子どもたちのコンサートを開催していているのを見かけた(真っ赤なスタインウェイのピアノを使っていた!)。ナショナルギャラリーには、常設の子ども向けのワークスペースやプレイルームがある。そして、以下の本が可愛くて、自分用のお土産につい買ってしまった。

Awesome art Singapore :10 Works From The Lion City Everyone Should Know

https://www.amazon.com/Awesome-Art-Singapore-Everyone-Should/dp/9811187088

ナショナルギャラリーが発行している子ども向けの美術鑑賞とアクティビティの掲載された本。フルカラーで、歴史や庶民文化にも絡めつつ、収蔵作品を紹介している。

各作品の鑑賞のヒントになる話、使用されている技巧を紹介しつつ、開発の歴史や地理、シンガポール名物の食べ物などを取り上げている。アートと社会を身近に感じられる作りになっている。そしてイラストがとても可愛いくて、各ページのデザインも素敵。

日本の美術館や博物館でもこういう本があるといいなぁ。すでにあるかなぁ。子ども向けに日本各地の公立美術館の所蔵品と鑑賞、地域の歴史にも触れた美術のワークブックが出ないかなぁ、などと想像が膨らむ。

 

自分が暮らしている国についての本を読めばいいのに、ついつい夢中になってシンガポールの本を読み進めてしまった。実際、とてもユニークというか、ショッピングセンターひとつとっても、いろんな国の資本が入っていて、万国博覧会みたいな場所だなぁと思った。

いずれまた訪れて、今度は独立系のブックストア巡りをしてみたいと企んでいる。